暁の王冠

  第3話
 


  深夜になり、街が静かになり始めた頃、黒いローブをまとったパンネロは皇帝宮の廊下を歩き、ラーサーの居室に向かっていた。
 皇帝宮で警備網にかからずにここまで来ることができたのは、当然、バッシュのおかげである。
 
  ++
 
 「ええ!?今夜、陛下と出かけてくる、って?」
 
 日中、ラーサーと別れた後に、バッシュから様子を尋ねられたパンネロは自分の計画を打ち明けた。
 「ラーサー様は、何か、心にひっかかることが色々あると思うの。でも、お立場上、普段言えずにおられるだろうし、この場所では、やっぱり言い出しにくいんじゃないかなあ。」
 「うーん、まあ、君の言うことも一理あるが・・・。」
 「お願い、小父様。ラーサー様を元気にしたいんでしょう?」
 「それはそうだが・・・。」
 バッシュが渋りながら腕を組むと、二人の背後に誰かが立った気配がした。
 
 「何を企んでいるんだ?」
 「あ、あなたは!」
 「ザ、ザルガバース!聞いていたのか!?」
 
 驚いて振り向く二人に向かって、ザルガバースは溜息をついた。
 「ガブラス・・・。卿は、謀が本当に下手だな。何か、そわそわしていると思ったので、卿の様子をうかがっていたら、この有様か。」
 「い、いや。相談をしなかったのはすまなかったが、これも陛下のためを思って・・・。」
 「当然だ。他の理由があってはかなわん。それよりも、お嬢さん、我々に規律を破らせても、なお、陛下を連れ出すだけの価値があるというのかね?」
 威圧感溢れるザルガバースに、じっと見下ろされたパンネロは、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
 しかし、再び表情を引き締めて答えた。
 「はい・・・。」
 
 ザルガバースはしばらく黙っていたが、表情を和らげると、腕をといて、彼女の肩を叩いた。
 「わかった。君に任せてみよう。」
 よかった、と表情を明るくするパンネロの横で、バッシュがたずねた。
 「いいのか?ザルガバース?」
 「仕方あるまい。正直、陛下の心情の機微については、我々は図りかねるところがある。それに、ラーサー様がここ数日のスケジュールを調整して時間をつくったのは、こちらのお嬢さんのためなんだろう?」
 「ああ、そうだ。」
 「では、一任するほかないな。お嬢さん、陛下を頼んだよ。」
 柔和な表情ではあるが、真剣な眼差しをみせるザルガバースに、彼女は笑顔で頷いた。
 
  ++
 
 扉をノックし、取っ手に手をかけると鍵はかかっていなかった。
 そっと忍び込むと、パッと明かりがつく。
 
 「きゃっ!」
 
 明かりをつけたのはラーサーであった。
 「パンネロさん。攫いに来る方が、そんなに驚いていてどうするんですか?」
 くすくすと笑うラーサーは、既に出かける支度を済ませていた。
 「あれ、ラーサー様。もう準備ができているんですか?」
 「貴女が僕を攫いにくると予告したんじゃないですか。」
 「それもそうですね。」
 二人でひとしきり笑うと、ふと、思い出したように、パンネロは紙袋を渡した。
 「何ですか?これ。」
 「これに着替えなおしてください。そんな皇帝みたいな格好していたら、ばれちゃいますよ。」
 「仕方ありませんよ。僕は皇帝なんですから。」
 「そんな屁理屈言ってないで。さっさと着替えてください。」
 ぶつぶつ言っている彼を、寝室に追いやると、パンネロは改めて彼の部屋を見渡した。
 
 広い部屋である。
 自分が今、宿泊している部屋も相当広いと思ったが、この部屋は比較にならない。
 何だか博物館にでも来ているような感覚。
 ここで、一人で起きて、一人で寝て・・・。
 家族を失い、どんな思いで暮らしているのだろう。
 
 そんなことをぼんやりと考えていると、寝室の扉が開き、着替え終わったラーサーが部屋から出てきた。
 「パンネロさん・・・。何ですか?この茶色くて、薄くて、ごわごわした服。」
 「庶民はそういうのを着るんですよ。文句を言わないの。さあ、出かけますよ。」
 「出かける、って。どこに行くんです?」
 首を傾げるラーサーに、パンネロは明るく答えた。
 
 「とりあえず、バーフォンハイム。」
 
 ***
 
 皇帝宮を抜け、ゼノーブル街のゲート・クリスタルまでたどり着くと、そこから港町バーフォンハイムの海風通りに向かった。
 
 バーフォンハイムの町の入り口となる海風通りは殆ど人気がなかった。
 しかし、ガラリナ市場を抜け、船乗りの広場に移動すると、あちこちに屋台が出ていて、沢山の人々が大声で話しながら酒を酌み交わしていた。
 深夜の酒盛りこそ、海賊の楽しみであるから、盛り上がるのは当然である。
 
 「ね?あの服じゃ、目立つでしょう?」
 「それもそうですね。それにしても、街の人は、こんなに夜遅くまで・・・。随分、元気ですね。」
 「遊べるときに遊んでおくのが海賊ですよ。その分、朝は静かですけどね。私たちも行ってみましょうよ。」
 パンネロが指差したのは白波亭であった。
 
 白波亭の扉を開けると、喧騒が耳に飛び込んできた。
 けたたましい笑い声の隙間をぬって、陽気な音楽が聞こえてくる。
 ラーサーは、こうした場に来たことはないらしく、少し面食らった様子だったが、元々度胸がすわっていることもあり、すぐさま馴染んだ様子でフロアを歩き始めた。
 
 二人で、奥まった場所にある小さなテーブルに向かい、腰を落ち着ける。
 パンネロがカウンターに向かって手を上げると、ウェイターがやってきて、ジョッキを二つおいていった。
 「あれ?パンネロさん。こちらのお店では注文をとらないんですか?」
 「この時間は、出すものはお酒しかないんですよ。他のものを頼んでも構いませんが、嫌がられると思いますよ。『面倒なことを頼むな!』とか言われたりして。」
 「そういうものですか?」
 「そういうものです。じゃあ、早速、乾杯しましょう。」
 珍しそうに辺りを見渡すラーサーのジョッキに、パンネロは自分のそれを当てて、乾杯した。
 
 二人は雑談を楽しみながら、ジョッキを幾つか空けていた。
 ラーサーも、多少は酔っているのか、饒舌になっている。
 (こういう気晴らしも大事だもんね。)
 楽しげな表情のラーサーを見ながら、パンネロは和んだ空気を楽しんでいた。
 そんな空気を遮るかのように、少し離れた席から、大きな話し声が耳に届いた。
 
 「全く、帝国の奴らには全く頭にくるぜ。」
 「そうだ、そうだ。あいつら、取締りを厳しくする割には、上納金の額も上げてきやがる。」
 「どうせ、その金使って、私腹でも肥やしてるんだろうよ。」
 「まったくだ。」
 赤ら顔の男たちは、不平を肴に随分酔っているようであった。
 
 パンネロが、そっとラーサーの顔をみると、思いのほか彼は表情も変えずにジョッキを傾けていた。
 「僕なら気にしませんよ。あんな話、まともに受けていたら、きりがありませんからね。」
 「そうですか・・・。」
 心配顔のパンネロを他所に、男たちはまだ話を続けていた。
 
 「それにしても、最近退屈だよなあ。」
 「あーあ、また戦争でも始まんねぇかな。」
 「そうだな、金も稼げるし、やりたい放題できるもんな。」
 「ちがいねえ!」
 
 何てこと言ってるんだろう、とパンネロが腹立たしげに彼らに顔を向けると、すっと席を立ったラーサーが、彼らに近づいていくのが目に入った。
 「あ、待って!」
 パンネロの声が届くか届かぬうちに、ラーサーは既に男たちの前に屹立していた。
 
 「なんだ、このガキ?」
 胡散臭げな顔で、男がラーサーを見上げたと同時に、ラーサーはジョッキの酒を頭にかけていた。
 「この野郎、何しやがる!」
 男が勢いよく席を立つと、椅子がガタンとひっくり返った。
 ラーサーは物怖じする様子もなく、顔を近づけ、淡々と言い放った。
 「貴様に政治の何がわかる!」
 「ああ?」
 「お前らのような輩がいるから、苦しむ人々が減らないんだ。」
 「なんだと、こいつ?」
 二人は一歩も引かない気配であり、一触即発の雰囲気だ。
 慌てて近づいたパンネロがどうしたものかと、オロオロとたたずんでいると、間に入る者がいた。
 
 「はいはい、そこまで。酒場に、政治と宗教の話は持ち込まない!」
 
 割って入ったのはリッキーであった。
 「リッキー!因縁つけてきたのはこいつだぜ?」
 「まあまあ、そういきり立たないで。そもそも、酒場のマナーを守らないお前も悪い。あと、綺麗な顔をしたお兄さん・・・。この辺じゃ見ない顔だね?こちらのお嬢さんと一緒に、今日はお引取り願おうか?」
 そういって、ラーサーとパンネロの背中を押しながら、扉から外へ出そうと促した。
 「おい、話はまだ終わっちゃいないぜ!?」
 二人をガードしながら、出口へいざなうリッキーの背後から、まだ食ってかかろうとする男の声がする。
 今にもラーサーに掴みかかろうとする男の襟首を掴むと、リッキーは顔を近づけ睨みつけた。
 「俺が終わりと言ったら、終わりなんだ。わかったな。」
 低い声で凄む彼の表情に、男は気勢を呑まれたようであった。
 「あ、ああ。」
 男は不満げな顔ではあったが、再び席に戻っていった。
 
 リッキーは、ラーサーに向き直ると、にか、と笑顔を向けた。
 「まさか、こんなところにまで出向かれるとは・・・。本当に、好奇心の強いお方ですね。でも、あまりおいたが過ぎませんように。」
 そう言って、扉を開けてくれた。
 「では、お気をつけて。'陛下'。」
 
 ***
 
 白波亭の外に出された二人は、再び海風通りに向かって歩き始めた。
 
 「さすがに彼の目は誤魔化せなかったようですね。」
 「そうですね、リッキーさん、さすがだなあ。」
 「まあ、この町の荒くれ者達を取り仕切るくらいですから、これくらいでないと・・・。でも、パンネロさん、すみません。つい、カッとしてしまって。酔った勢いとは言え、あなたを巻き込む可能性を考慮できないなんて。本当に申し訳ありません。」
 「そんな、ラーサー様・・・。」
 
 ふ、と息をもらすと、ラーサーは呟くように口を開いた。
 「ヴァンさんやバルフレアさんが羨ましいな。」
 「え。」
 「自分が得たいものは自分で見つけ出し、守りたいものをその手できちんと守ることができるのですから・・・。僕は、時々、自分が何のために、何をしているのかわからなくなることがあるのです。」
 「・・・。」
 「皇帝としての責務をこなし、役目を務めるべきであることはわかっています。でも、こうやって、外に出てみれば、僕にできることなんて、何もない・・・。」
 自嘲気味に目を閉じたラーサーの表情を見て、パンネロは、ようやく彼の気持ちに触れたような気がした。
 
 その偉大な役目は、彼にしか担えない。
 でも、その大きさゆえに、わかりやすく具体的な手ごたえを感じることは少ないのだろう。
 利益を得る者は、己の力を評価する。
 利益を損なう者は、誰かのせいにする。
 為政者は、その'誰か'にお誂えだ。
 ラーサーは、そのことをわかっている。
 でも、頭で理解していても、心が同じようについていくとは限らない。
 皇帝就任以来、ひたすら走り続けた彼だが、心が追いつかない状態になっているのだろう。
 
 「ラーサー様、私、どうしても貴方と行っておきたい所があるんです。一緒に来て頂けませんか?」
 「でも、もう、戻らないと。」
 「お願いです。」
 しっかと自分を見つめるパンネロの様子に、ラーサーは頷いた。
 「わかりました、パンネロさん。じゃあ、一緒に行きましょう。」
 
 
 

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