暁の王冠
第4話 |
パンネロがチョコボを操舵し、ラーサーはその後ろに乗っていた。 パンネロが皇帝宮を訪ねてきたときから、ラーサーは、彼女が自分を励ましに来たのであろうことに気づいていた。 そんな彼女の思いやりに感謝しつつも、どうやって自分の気持ちを表せばよいのか、悩んでいた。 立場柄、自分の感情をあまり表に出さないようにしてきた。 感情を押し殺してきた結果、自分自身の感情に鈍くなったような気がする。 自分でも、今、何かにひっかかっているように感じる一方で、その原因が何か掴めずにいた。 ただ、彼女と一緒にいることで、知らずしらずのうちに安らぐ自分を感じ、ついここまでついてきてしまった。 (この人と、ずっと一緒にいれたら、どんなにか幸せだろう。) か細い腰に手を廻し、身体を安定させながら、そんなことを考えていた。 チョコボに乗って、リィーヴィル丘陵を通り抜け、風車を横目に河岸段丘を進む。 「ラーサー様、右手の湖の中央部分は見えますか?」 「ちょっと暗くて見えにくいのですが・・・。」 「少し色が違っているところがあるのはわかります?」 「ええ、うっすらと見えますね。」 「あの中央部分は島になっているんです。元々、火山島が陥没して、ああいう形になったみたいで、周囲を囲んでいる険しい岩山を越える以外、島にたどり着く方法はないんですって。でも、仮に越えたとしても、すぐに急な崖になっているし、火山活動がまだ続いているから、人が近づかない場所らしいですよ。」 二人は、街道の休息所まで来るとチョコボを降りて、腰を降ろした。 まだ、明け方前の冷たい風が吹き抜ける。 パンネロは、チョコボを座らせると、腹部に寄りかかり、ラーサーを招いた。 「ラーサー様、ここで夜明けを待ちましょう。」 パンネロはローブを広げると、一緒に入るよう声をかけた。 ラーサーは一瞬躊躇ったが、おずおずと隣に座った。 彼女が肩を包むようにかけてくれたローブとチョコボの体温が心地よく、外気温の冷たさを感じずにすんだ。 「パンネロさん、どうしてここへ?」 少しずつ酔いが覚めてきたラーサーは、彼女に尋ねた。 「昔、父に聞いたことがあるんです。あの島には古い言い伝えがあるんですって。」 「そうなんですか?」 「ええ。父は外国によく私を連れて行ってくれて、その土地の昔話を教えてくれたんです。この辺りにも何度か来たことがあるんですよ。」 「そうでしたか。」 戦争がなければ、豊かな商家の娘として過ごしていたであろう彼女の身の上を慮り、ラーサーは胸が痛んだ。 「言い伝えというか物語なんですけどね。昔、この辺りは豊かな穀倉地帯で、大きな国が栄えていて、立派な王様が土地を治めていたんですって。でも、民達が、自分たちの利益が少ないから税を減らしてほしい、道や設備をきちんとしてほしい、って沢山のお願いを王様に出すようになったらしいです。王様は、できるだけ、かなえてあげたいって思って、お願いをききいれたらしいんです。」 「いい王様なんですね。」 「ええ、でも、民はまだ満足せずに、もっと、もっとと要求しました。王様は、できる限りのことをしたのですが、いよいよ財政が苦しくなってしまって・・・。あるとき、これ以上、お金や物資を使ってしまうと、何かあった時に対応できないからと、王様は民の要求を聞き入れなかった。すると、与えられることに慣れてしまった民は、怒って、王様を殺してしまったんです。」 「・・・。」 「愚かな民を嘆いた神は、天変地異を起こし、火山の大爆発によって、国は灰塵の下に埋もれてしまったそうです。その火山の名残が、あの島なんですって。父は、よく言っていました。『己が掲げるものを蔑むものは、己自身を蔑むのと同じだ』って。王様は、目に見えない力で私たちを守っている。でも、私たちは目に見えないものを大切にしない悪い癖がある。こうやって、平和で穏やかな日々を送るために、王様が努力していることを私たちは忘れてはいけないんですよね。」 「パンネロさん・・・。」 「アーシェやラーサー様は、私たちを見えない力で守っていてくれるのに・・・。心ないことを言う人もいるかもしれませんが、貴方に感謝している人々も沢山いることを、どうか忘れないでほしいんです。」 (そのことを伝えたくて、ここに僕を連れてきたんだ・・・。) パンネロの言葉に、ラーサーは胸の奥が熱くなるのを感じていた。 −人々のために尽くす− 幼少期より、ソリドール家の男子として帝王学を学び、それを当然として生きてきた。 父の背中を見て、その信念を貫くためには智略が必要であることを知り、兄の背中を見て、人を守るための軍略が必要であることを学んだ。 今や、自分を支えるのは己だけ・・・。 ソリドール家を継ぐ者として、気持ちを奮い立たせながらここまできた。 しかし、自分がやっていることにどれだけの意味があるのか――。 最近は、己が信じてきた道に、迷いを感じるようになった。 執務室で聞く様々な報告から、帝国の治安を守るための政策を施すものの、果たして、自分の想いが本当に人々のためになっているのか自信がなくなっていた。 自分が接触する人物には限りがある。 政民達は、自分の取り組みを評価するが、その評価が全てとも思えない。 かと言って、今日の酒場の話のように、個人々々は、それぞれが自分の都合のよいことしか喜んでいない。 いったい、誰のために、何を為すべきなのか・・・。 考えれば考えるほど、袋小路に迷い込むような気分になっていた。 だが、パンネロの言葉を聞き、自分の心が充足感で満たされていくのを感じていた。 人々が、平凡だけど安全な日々を過ごせるように。 大小の不平、不満を言いながらも、笑顔がみられる平和な暮らしを守ること――。 それが、自分にしかできない'人々の守り方'なのだ。 幼き頃、父グラミスに、上に立つ者の心構えを説かれたときに聞きかえしたことがあった。 −父上、人々のために尽くすと、何かご褒美があるんですか?− 無邪気に尋ねた幼い自分に、父は目を細めながら言った。 −いずれ、わかる日がくる・・・。いずれ、な。− (誰かの安らぎを感じることは、これほど気持ちの良いことなのか・・・。) 父の言ったことの意味がわかりかけたような気がした。 「ラーサー様、どうしたんですか?」 ラーサーは、自分の顔を覗き込むパンネロに気がついた。 「いえ、何でもありませんよ。」 「そうですか?」 「ええ。」 心配そうな顔をする彼女に、ラーサーは、笑顔で答えた。 地平線が徐々にオレンジ色に光り始めた。 差し込む光が、湖面を明るく照らしていく。 「あ、見て!」 湖の中央の岩山が朝日に照らされ、金色に輝き始めた。 それは、まるで王冠のようである。 「うわぁ、本当に綺麗・・・!」 目を輝かせる彼女を横目にラーサーは笑みを浮かべた。 戴冠式で、自分の頭上に冠を掲げられたときには、その重みに胸が引き締まる想いがした。 しかし、今、眼前に広がる景色を見ながら、自分が皇帝という役目を与えられたことに感謝の念さえ感じていた。 今日のことを、自分は決して忘れることはないだろう。 そして、自分の心に、本当の意味で冠を掲げてくれた彼女のことを――。 「ありがとう、パンネロさん。」 小声でつぶやくと、彼女がこちらを振り向いた。 「え?何かおっしゃいました?」 「いえ、何でもありません。」 大きな瞳でこちらを見つめる彼女の表情に目を細めつつ、彼は返事をした。 (貴女に出会えた事を、心から感謝します。) 昇りゆく朝日の下、ラーサーの顔は実に晴れやかであった。 = END = |