暁の王冠

  第2話
 


  翌日は、終日エキジビジョンのリハーサルを続けていた。
 ホールはダルマスカのものとは規模が異なり、かなり大きい

 しかし、音響効果やシートの配置は、計算して造りこまれており、観客が鑑賞に不都合と感じる要素は排除されている。
 パンネロは、このホールで自分らしい踊りができるのか、少し不安になってきた。
 自分の持ち味は、観客と一体感を持ちながら、一緒に場を盛り上げ、ステージをつくりあげるところだ。
 文化や感性が異なるこの場所で、ダルマスカの名に恥じないような踊りを演ずることができるのだろうか・・・。
 頭を悩ませている間に、リハーサルは終了してしまった。
 
 ***
 
 今日は、いよいよ舞台本番である。
 目覚めると、軽く果物だけを食し、シャワーを浴び、時間をかけてストレッチをする。
 多少動いても全く支障のない広い部屋なのが幸いだった。
 出発時間になったので、ロビーに降りると、既にスタッフが迎えに来ており、一緒にホールに向かう。
 
 演舞者控え室で、衣装を身につけ、髪を整え、化粧をする。
 基本的に、準備は全部一人でやるようにしている。
 その日のコンディションは自分しかわからないし、支度をするプロセスそのものが自分の集中力を高めるからだ。
 
 今日は、帝国内の各地から集まってきた踊り子達が演じた後、最後に自分が踊ることになっている。
 オープニングならともかく、クロージング・アクトをするのは反対だ、と、演出家に何度も申し入れたのだが、自分の踊りをラバナスタで見た人らしく、私を絶対最後にすると言ってきかなかったのだ。
 本当ならクロージングを演じるはずだった女性が、その様子を見ていたらしい。
 廊下ですれ違った時に、彼女の目が赤くなっており、余計に申し訳なかった。
 
 (余所者の私が、こんな大きな舞台で、最終演目なんて・・・。)
 
 気落ちしているせいか、化粧ののりも悪い。
 溜息をついていると、ドアがノックされた。
 「どうぞ?」
 声をかけると、スタッフが、すみません、と言って小ぶりの花束を持って入ってきた。
 「すみません、大切な時間なのに・・・。」
 「いいえ、大丈夫ですよ。これは?」
 「あの、どうしても、演舞前にお渡しして欲しいとのことで・・・。お断りしたのですが、公安総局の方だったので、断れなくって。申し訳ありません。」
 
 (バッシュ小父様かな?)
 
 恐縮するスタッフに、笑顔を向け、花束を受け取った。
 「いいですよ。本当にありがとう。じゃあ、時間になったら舞台袖に向かいますね。」
 「あ、はい。ありがとうございます。」
 顔を明るくしたスタッフを見送り、花束に目を遣ると、中に小さな封筒が入っている。
 封を開けると、小さなカードが出てきた。
 
 『パンネロさんへ。
 貴女が出演なさると聞いて、驚きました。
 ラバナスタとは違って、少し堅苦しい場所だから、不安になっているんじゃないかと心配しています。
 でも、貴女の自由で華のある踊りの良さは、アルケイディスの人々にもきっと伝わります。
 どうか、貴女らしい踊りをしていってください。
 僕も、一観客としてあなたの舞台を楽しみにしています。 ラーサー』
 
 ラーサー様、来てくれたんだ!
 
 多少配意しているとはいえ、皇帝のスケジュールはいつでも過密なはずである。
 時間を遣り繰りして来てくれた彼の思いやりに感謝しつつ、いつもの自分の集中力と感性が戻ってくるのをパンネロは感じていた。
 
 「パンネロさん、時間ですよ。」
 「はい、今、行きます。」
 
 通路を通って、ステージに向かう。
 舞台袖で、目を閉じて、アナウンスを待つ。
 声がかかり、ステージの中央に出て、観客席をぐるりと見渡す。
 一階のシート、そして二階、三階、四階のボックス席に視線を泳がし、最後に二階の右端に目を移す。
 涼しげな柔らかい表情でこちらを見ているラーサーを見つけた。
 瞳が合って、笑顔を送ると、彼も微笑み返してきた。
 
 一呼吸して、ゆっくりと身体を動かす。
 動きに合わせて音楽が始まった。
 緩急を交えながら、ステージの広さを十分に活用して演舞する。
 自分の一挙手一投足に視線が集まっているのがよくわかる。
 時々、視線をゆっくりとギャラリーに向け、メッセージを伝えつつ、彼らの反応を感じる。
 曲も中盤になると、ギャラリーが多少なりとも興奮してきているのが伝わってくる。
 
 −観客の呼吸を感じながら踊りなさい−
 
 師匠に言われた言葉だ。
 最初は何の意味かわからなかった。
 でも、最近、少しずつわかってきた気がする。
 踊りながら、ギャラリーの呼吸に合わせて、一体感をつくりあげていく。
 更に動きを早め、撓る身体を回転させながら、最高潮まで盛り上げる。
 クライマックスで、観客の熱気を引き出しつつ、パーカッションの音に合わせてたたみかけるようにステップを重ね、最後にポージングをとり、まとめあげた。
 
 しばらくの間、静寂がホールを包む。
 彼女自身の高揚感が少しずつ収まるのと同時に、我に返ると、割れんばかりの拍手がホール中に響き渡っていた。
 
 想像以上に、ギャラリーに満足してもらったことに安堵しつつ、ちらりと二階に目を向けると、ラーサーの姿は既になかった。
 
 踊り終えた後の充実感を全身に感じつつも、一抹の寂しさが浮かんでいた。
 
 ***
 
 翌日は、オフとして終日、自由のみであった。
 だが、それは表向きの理由。
 今回のアルケイディス来訪の本来の目的は、ラーサーを尋ねることである。
 
 決められた時間に、宿まで迎えが来てくれたので、皇帝宮まではあっという間であった。
 巨大な皇帝宮の上層部にある専用ターミナルに、彼女を乗せた艇が降り立った。
 パンネロが、艇から出ると、バッシュが既に待っていた。
 先導され、天井の高い廊下を歩み続ける。
 
 「どうだい、パンネロ。皇帝宮に来た感想は?」
 「いえ、もう、とにかく大きいんですね。」
 「そうだな。ラバナスタの宮殿とは全然違うだろう?」
 「ええ。何て言ったらいいんだろう。地から離れた感じ、っていうか・・・。」
 「ああ、とにかく高層なのが特徴だからな。アルケイディス一帯は、岩盤がしっかりしているから、高層建築に向いているんだ。だから、建築技術も、より高みを求めるという点で発展してきている。ラバナスタの宮殿は、どちらかというと装飾を重視し、景観と調和するような造りなんだ。それにしても、皇帝宮まで入ったラバナスタ市民は君が初めてじゃないのか?」
 「えっ、そうなんですか?こ、光栄です。」
笑いながら話すバッシュに、パンネロは恐縮しながら答えた。
 「まあ、君は市民として来ているというよりは、皇帝の大切な友人だ。丁重な扱いをせねば失礼にあたるな。さあ、ついたよ。」
 
 目の前の重厚な扉の向こうにラーサーがいる。
 バッシュは、扉をノックした。
 「ラーサー様、パンネロ嬢がご来訪なさいました。失礼いたします。」
 声をかけて、扉を開く。
 
 向こう一面ガラス張りの前におかれた机に、懐かしい影がある。
 書類から顔をあげたその表情は以前とは異なり、あどけなかった様子はやや潜み、引き締まった面影が映る。
 元来の端整な顔立ちは更に際立ち、見目麗しい青年がそこに居た。
 
 「パンネロさん、お久しぶりです。」
 
 そう言って笑う瞳は、以前と変わらず優しい眼差しをたたえていた。
 その柔らかな表情に安堵しつつ、パンネロは早足で彼に近づいた。
 「ご無沙汰しています。ラーサー様。」
 彼女がぺこりと会釈すると同時に、ラーサーは、席を立って彼女に向かった。
 パンネロが顔を上げると、彼の目線の位置が彼女のそれと同じ高さであることに気づいた。
 
 (背、高くなられたんだ・・・。)
 
 少し、心臓がどきりとなったが、彼はそんな彼女の様子に気づく気配もなく、すっと彼女の左手を取る。
 「よかったら、テラスに行きませんか?おいしいお茶でも用意しましょう。」
 「あ、はい。」
 ラーサーに手を握られ、後をついて歩く。
 いつもと変わらぬ、そのマイペースさに思わず苦笑した。
 「なんですか?笑ったりして。」
 振り返って、眉を顰めるその姿は、一緒に旅をしたときと何ら変わらなかった。
 「いえ、なんでもありません。」
 「にやにやして・・・。変な人だなあ。」
 多少、拗ねた表情を見せると、再び歩き出す。
 (相変わらずだなあ・・・。)
 彼の様子に彼女は笑みがこぼれるのを禁じえなかった。
 
 ***
 
 案内されたテラスは美しく、中央につくられた泉と周囲の緑が綺麗に調和していた。
 その眺めを楽しめる位置に席が設けられており、ラーサーは、どうぞ、と椅子を引いて、彼女に着席を促した。
 彼女が座ると、ラーサーはその横に並んで座った。
 
 綺麗な横顔をしみじみと眺めてみていると、彼と目が合った。
 「何ですか?そんなにじろじろ見たりして?」
 「え?あ、いや、何でも・・・。あ!そういえば、ラーサー様、昨晩は私の踊りを観にきて下さったんですね!」
 パンネロは、パンと手を打ち、話題をふった。
 「ええ、行きましたよ。貴女の踊りは本当に素敵ですね。」
 「本当ですか?」
 「アルケイディスでも舞踊はありますが、格式美に重きをおいたものが中心なんです。貴女のような、エキゾチックで、生命力そのものを感じさせるような舞踊は、こちらでは見る機会が滅多にありませんから。」
 「そう言って頂けて、本当によかった・・・。実は、心配していたんです。私が、こんな大きな催しで躍らせてもらっていいのかな、って。」
 「パンネロさん・・・。」
 「でも、楽屋で待っている時に、ラーサー様から手紙を頂いて、自分らしく踊ればいいんだな、って思えたので、気持ちよく踊ることができたんです。本当にありがとうございました。」
弾けるような笑顔で礼を言うパンネロを前に、ラーサーは少しだけ顔を赤らめた。
 「いえ、そんなことありませんよ。僕も、とても楽しませて頂きました。昔、貴女がガリフの里で、皆に踊りを披露していたことを思い出しましたしね。」
 「わ、あ・・・。そういえば、そんなことありましたよね?懐かしい・・・。」
 一緒に旅をしていた頃の、小さなエピソードを思い出しあいながら、二人は会話を楽しみ続けた。
 
 時間は瞬く間に経っていった。
 側近らしき人物がやってきて、彼に何やら耳打ちしている。
 ラーサーは再び政務に戻らなければならないようであった。
 
 「ありがとう、パンネロさん。今日は寄ってくれて本当に嬉しかった。」
 そういって右手を差し出す彼の手をパンネロは握り返した。
 「こちらこそ、本当に楽しかったです。また、お会いできるのを心待ちにしていますね。」
 パンネロが笑顔で返すと、ラーサーは一瞬、目の奥を曇らせたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
 「ええ、お会いできることを楽しみにしています。」
 じゃあ、とパンネロは手をふり、扉を開けて、廊下に出た。
 廊下の端にはバッシュが立って彼女を待っていた。
 こちらに向かって手をあげており、パンネロはそちらに足を向けようとした。
 
 −何か変じゃない?−
 
 胸の奥にざらりとした感覚が残る。
 彼女は、足を止めた。
 
 私は、彼の心を感じ取れた?
 ううん、何も掴めていない。
 表情も態度も彼らしく、いつものままだけど・・・。
 でも、何かしっくりこない感じがする。
 
 パンネロはくるりと踵を返すと、今しがた歩いてきた廊下を走って戻ると、再び扉を開いた。
 側近らしき人物と打ち合わせをしているラーサーに小走りで近づく。
 
 「パ、パンネロさん。どうしたんですか?」
 驚いた表情の彼の耳元に、彼女は唇を寄せて小声で囁いた。
 
 『今夜、貴方を攫いに来ます。』
 
 目を丸くする彼に、パンネロは軽く片目を閉じると、再び部屋を出て行った。
 
 
 

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