暁の王冠

  第1話
 


  「う、ん・・・。」
 寝返りをうつと同時に、パンネロは自分の意識がはっきりしてくるのを感じていた。
 うっすらと目を開けると、カーテンの隙間から明かりが差し込んでいる。
 いつの間にか、今日も朝であった。
 寝台に横たえていた身体を起こし、ふわぁ、と大きく口を開けつつ伸びをする。
 背中の筋肉がゆっくりと伸びていく心地良さを味わう。
 足元に置いてあった室内履きを履くと、窓に近寄ってカーテンをなおし、窓を開けた。
 すっかり穏やかになった春らしい空気が部屋に入ってくる。
 
 彼女の寝室は通りに面した二階にある。
 窓から、眼下を見渡すが、辺りにまだ人はいない。
 その代わり、近くの家々から、朝食をつくる匂いが風にのってきた。
 
 もう一度、大きく背伸びをして、部屋着のまま一階に降りる。
 小さいが、いつも片づけられていてさっぱりとしているキッチンに立つと、朝食の支度を始めた。
 一人分の食事だし、さほどの手間をかけることはない。
 お湯を沸かしながら、余ったパンを軽く焼き始める。
 何か果物がなかったかとカゴを見ると、オレンジが二個残っていた。
 ナイフでカットし、皿に盛る。
 お湯の沸いた気配を感じて、慌てて火を止めると、茶葉を入れたポットに注ぎ込み、程良く葉を蒸らすと、ティーカップに紅茶を入れた。
 テーブルに敷いた赤いランチョン・マットに皿やカップを並べ、準備ができたところで椅子に腰掛ける。
 「では、いただきます。」
 今日の食事に感謝をし、パンを手に取ると、一口サイズにちぎり、口にほおばる。
 朝食を取りながら、昨日の出来事を思い返していた。
 
 ***
 
 「えぇっ、私がアルケイディスに?」
 「お願い、パンネロ。行ってきてくれない?」
 
 昨日、パンネロは宮殿のアーシェを訪問していたのである。
 女王陛下から直々に宮殿に招聘されたという噂は近所中にたちまち広がり、周りの人たちからは『何事だ?』と質問攻めにあったのだが、以前、彼女と一緒に旅をしたことは一部の人しか知らない事実である。
愛想笑いを振りまきつつ、『何だろう?わかんない。』と言って、彼らを誤魔化しながら宮殿に出向いたのだ。
 
 入り口で、門兵に自分の名前を言うと、あっさりと宮殿内に通され、案内されるまま廊下を進む。
 (何かあったのかなあ?)
 正直、何の用事か検討もつかないまま、女王の執務室に通された。
 「あの・・・、パンネロです。お久しぶりです。」
 入り口で、ぺこりと頭を下げると、大きなガラス窓をバックに執務室で仕事に向かっていたアーシェが顔をあげる。
 パンネロと目が合うと、彼女の引き締まった表情に笑みがこぼれ、ゆっくりと立ち上がりながら、久しぶりね――と、手を上げて近づいてきた。
 どうぞと勧められ、促されるままソファに腰をかけると、反対側にアーシェも座った。
 パンネロが落ち着かないまま、アーシェをじっと見つめると、彼女は一呼吸おき、にっこりと笑って口を開いた。
 
 「アルケイディスに行ってきてくれないかしら?」
 
 予想外の申し出に、パンネロは目を丸くして驚いた。
 「あの・・・、アルケイディスで何かあったんですか?」
 「別に何があったというわけではないのだけど・・・。」
 前置きをすると、アーシェは、先日、アルケイディスのジャッジ・ガブラス−バッシュ−と話した内容を、パンネロに語り始めた。
 
 「最近、ラーサーの様子が心配らしいの・・・。」
 久しぶりにラーサーの名前を聞き、パンネロは思わず身を乗り出した。
 「ラーサー様が'心配'って、どういうことですか?」
 「いえ、仕事ぶりは別にいつもと変わらないらしいから、バッシュが周囲に尋ねても、皆一様に『気にしすぎじゃないですか?』って言われるらしいの。ただ、彼から見ると、気になるんですって・・・。ほら、バッシュは他の人に目配りする性質でしょう?ラーサーの表情が、いつもと違うのではないか、と、彼だけが感じているらしいの。」
 「そうですよね。ラーサー様は、お立場上、なかなかお気持ちを外に出されない方ですものね。」
 「ええ。バッシュも、そのことを心配しているの。これまで、こういうことはなかったみたいだし・・・。それで、ラーサーが信頼している他国の友人を呼んではどうか、ということになったのよ。」
 「でも、私でいいんですか?」
 「あなたがいいのよ。」
 「そうですか?」
 「ほら、旅の途中でも、あなたやヴァンと話をしている時には、とてもリラックスした顔をしていたじゃない?きっと、彼を癒す力があなたにはあるんだと思うわ。」
 「そんな!私にはそんなこと・・・!」
 「あなたは気づかないのかもしれないけど、私も、あなたと話すことで気持ちがほぐれるし、あなたにはそういう才能があるのでしょうね。どうかしら?行ってもらえない?」
 「――わかりました。お役にたてるかどうかわかりませんが、私でよければ参ります。」
 「ありがとう。きっと、そう言ってくれると思っていたわ。よろしくね。」
 微笑みかけるアーシェに、パンネロは深く頷き返した。
 
 ***
 
 パンネロは、朝食を終えると、後片付けをして、出発の準備を整えた。
 
 今回は、アルケイディスで行われる文化交流行事への出席者ということで出かけることにした。
 ダルマスカの舞踊は、イヴァリース内でも評価が高く、パンネロは、そのエキジビジョンに参加する予定だ。
 ラーサーに自然な形で接触するためには、公式行事に絡めて行くのが最も適当であろうというバッシュとアーシェの配慮である。
 
 衣装を鞄につめると、定期便を使って、アルケイディスに向かった。
 
 (ラーサー様、何があったんだろう?)
 
 飛空艇のデッキから、海を見下ろしながら、ふと考えた。
 政治とか経済とか、そういうものに自分自身は殆ど関心を持たずに、毎日を過ごしている。
 お店の売り上げが今日はよかったとか、ヴァンがうまくモンスターをハントできたかとか、自分や身近な人のことだけ考えている毎日だ。
 でも、彼はどうなんだろう?
 バッシュがいるとはいえ、僅か14歳の少年の生き方としては想像しがたい状況だ。
 きっと、自分には想像もつかないような大変な日々を過ごしているに違いない。
 
 ふぅ、と小さく溜息をつくと、間もなく帝都に到着するというアナウンスが聞こえてきた。
 パンネロは、慌てて船室に戻っていった。
 
 ***
 
 飛空艇はスムーズにデッキに滑り込んだ。
 パンネロが飛空艇ターミナルに出て、辺りを見渡すと、十メートル程先に、懐かしい顔が自分を出迎えてくれているのを見つけた。
 「バ・・・、ガブラスさん!」
 大きく手を振り、バッシュの元に駆け寄った。
 「お久しぶりです、小父様!お元気でしたか?」
 「ありがとう、私は元気にやっているよ。ところで、大丈夫かい?長旅で少し疲れたんじゃないか?」
 「いいえ、私は大丈夫です。あ、でも、少しお腹がすいたかも?」
 「はは、じゃあ、早速何か食べるとしようか。」
 バッシュは、パンネロの荷物を持つと、彼女を連れてターミナルの外に向かった。
 
 今回、パンネロが滞在するのは、アルケイディスの中でも高級街と名高いゼノーブル区の一角にある旅館であった。
 広々としたロビーに圧倒されてキョロキョロしていると、バッシュに声をかけられ、エレベーターに乗る。
 部屋は最上階であった。
 案内され、後を追いながら廊下を通りぬけ、リビングに入ると、その広さに驚いた。
 リビングは少なくとも自分の家の総面積くらいはある。
 部屋全体がワインレッドを基調に彩られ、趣のある家具が設置されている。
 床にはふかふかとした絨毯が敷き詰められ、重厚なデザインのカーテンが、リビングの一面を占める大きな窓枠を縁取っている。
 中央には、アンティークなデザインの応接セットがあり、よく見るとカウンターまで揃っていた。
 このスペースだけで'砂海亭'を営業できそうだ。
 そこから繋がっている部屋が少なくても2室はある。
 窓からは独特の形をした皇帝宮の上部部分がよく見える――、ということはそれだけ高いということだ。
 「あの・・・、私、ここに一人で泊まるんですか?」
 「ああ、そうだが、何か?」
 いや、何か、って言われても――。
 広すぎて全然落ち着かない。
 少なくとも、自分の家のスペースの優に3倍はある。
 そわそわしているパンネロの様子を見て、心情を察したのか、バッシュは軽く笑った。
 「はは、普段、こんな立派な部屋に泊まることもないだろう――。まあ、今回は、ダルマスカの代表として来てもらっているし、皇帝陛下のご友人としての来訪だ。それなりの待遇をさせてもらおうと思って
この部屋にしたんだが・・・。あまりお気に召さなかったかい?」
 「そんな、とんでもない!あんまり立派なので、いいのかな、って。」
 「ああ、遠慮は不要だ。それと、お腹も空いているだろうし、腹ごしらえでもしよう。」
 
 リビングを通り抜け、隣の部屋にすすむと、そこはダイニングルームになっていて、大きなテーブルには既に食事がセッティングされていた。
 「わぁ、豪勢ですね。」
 「人払いをするために、先に準備をしておいたんだ。温め等は私がするから、冷菜から食べなさい。」
 席を勧められ、とりあえず近くの皿から手をつける。
 まず、一口食べると、その美味しさに思わず足をばたつかせた。
 「小父様、これ本当に美味しいですね〜。」
 弾けるような笑顔で、話しかけるパンネロに、バッシュも満足げに笑み返した。
 「喜んでもらえてよかった。遠慮なくどうぞ。」
 「はい!じゃあ、遠慮なく。」
 改めて、自分が空腹であったことに気がつきつつ、皿を次々と平らげる。
 「あー、もう、お腹いっぱいです。」
 もう、無理、という顔つきで食事を終える。
 よかった、とバッシュは食後のお茶を彼女に差し出しつつ、咳払いをした。
 
 「じゃあ、お腹もいっぱいになったところで、本題に入ろうか。」
 「は、はい。」
 本来の目的を思い出し、パンネロは少し緊張した顔をした。
 
 「実は、最近、ラーサー様のご様子が心配なんだ。」
 「どんな感じでいらっしゃるんですか?」
 「うむ、側近達に対する気配りや言葉かけ等に特に変化はみられないんだが、ふとした時に、無表情であられることが増えたような気がするんだ・・・。」
 「お疲れなんじゃないですか?」
 「まあ、そう思って、スケジュールにはなるべくゆとりを持たせるようにもしているし、プライベートな時間の確保に留意していいるんだが、特に変わる様子でもない。」
 「プライベートではどんなことを?」
 「元々、ソリドール家といえば、アルケイディスでも一、二を争う名家であったが、今は皇家として、社交界でも筆頭のお立場にあたる。社交界のご子息、ご息女には、当然ご学友も多く、スポーツやパーティ等に顔を出されていることもしばしばだ。私は、護衛を務めているので、そうした場に随行することもあるのだが、どことなく物憂げな雰囲気を感じることがあるんだ・・・。」
 「そうですか・・・。」
 「仕事の速さは以前と全く変わらないし、誰も、陛下のことで不平や不満を言うことはないんだ。しかし、何かひっかかるものを感じてな――。そんなとき、君の事を思い出したんだよ。」
 「私、ですか?」
 パンネロは、目を丸くして驚いた。
 「ああ。君が以前、手紙をくれただろう?陛下はいたく喜ばれて、本当に嬉しそうだったんだ。まあ、他にも、君に会える機会をとても楽しみにしているので、君だったら、今の陛下の気持ちを聞いてもらえるのではないかと思ったんだ・・・。」
 「でも、アーシェ陛下もそうですが、二人とも、私のことを買い被りすぎですよ!私に、そんな力はありませんよー。」
 照れくさそうに手をふるパンネロに、バッシュは真面目な面持ちで言葉を続けた。
 「いや、君は、不思議な雰囲気を持っているんだ。人の気持ちを温かくさせるような何かがね・・・。とにかく、陛下に会ってもらえないか?」
 パンネロは、バッシュの真剣な表情に、多少、気押されながらも、笑顔で頷いた。
 「ええ。もちろん、そのつもりで参りましたから。」
 「すまない。恩にきるよ。」
 バッシュは、安堵の息を漏らした。
 
 
 

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