豊穣の女神

  第2話
 


  王宮内の廊下を客室に向かっていると、階段の下からナーエに手招きをされた。

 

 呼ばれたので、彼女の部屋に入ると、フランもいた。

 最近のフランは、割合、彼女の部屋に入りびたりである。

 ナーエの部屋は、王宮内でも湖や森が一番よく見える部屋なのだが、前皇帝が『ナーエのために』と配慮してあてがったらしい。
 部屋の中には植物が溢れていて、どの葉も瑞々しく生き生きとしていた。


 ―― こんな鉢に閉じ込められて窮屈じゃないのか? ――


 鉢に植えられた植物群を見て、フランに一度聞いたことがあるのだが、植物というものは、求められ慈しまれる環境も幸せらしく、大切に育ててくれているナーエを支えるために喜んで葉を揺らすのだそうだ。
 彼らに囲まれるのは、フランにとっても居心地が良いらしく、ラバナスタにいる時には、大抵ここに遊びに来ている。


 ***


 「――で、これからどこに行くの?」

 わかっているくせに、敢えて‘聞く’のが、ナーエの癖だ。


 「どうせ、わかっているんだろう?市街地に行ってくる。女王陛下の仰せでね。」

 「ふーん。」


 何か、言いたげな顔だ。


 「なぜ、行かせてやらない?たかが祭りだろう?」

 「『豊穣祭』の祝福の舞の意味は知ってるの?」

 「ああ、先日、聞いた。」

 「では、日没後のことも聞いたのね?」

 「――あれだろう。舞姫は‘愛の女神’になって、神出鬼没に現れながら一晩中踊る、ってやつだろ?」

 ナーエとフランが目配せをしながら笑っている。


 何だか嫌な感じだ。


 座って肘をついたまま、フランが口を開いた。

 「古来より、‘舞’は精霊に捧げるためのもの――。その舞は、見る者の感情に働きかけ、非日常的な感覚を呼び起こす。忘我や恍惚といった感覚ね・・・。豊穣祭の本質的な意味は‘生産霊’への感謝。それは、日中においては豊作に対する祈念のため。そして、夜は、種族の繁栄を祈念するために・・・。」


 さらに嫌な感じがする・・・。


 「種族の繁栄を祈念する――すなわち‘情欲’をかきたてるための舞・・・。」

 「・・・。」

 「今夜は、気をつけて街を歩くのね・・・。」


 これが、‘姫’を市街地に決して出さない理由だったのか・・・。

 そりゃあ、外に出すわけにはいかないだろう。

 また、面倒なことにまきこまれたものだ。


 「おい、あんた俺たちを止めないのか?」

 ナーエに声をかけると、彼女は笑って答えた。

 「貴方がついているから大丈夫でしょう。女王陛下の護衛は頼んだわよ。」


 おいおい、ここは止めるところだろう――!


 知らなかったとはいえ、とんだ災難である。

 しかし、引き受けてしまった以上は仕方がない。

 「この貸しは、いずれ返してもらうからな。」

 ナーエに言い放つと、バルフレアは部屋を出て行った。


 「何やら謝礼が欲しいようよ。」

 フランは、事態を楽しんでいるような表情で、ナーエに声をかける。

 「すでに、謝礼は支払い済み。――なあに、行けばわかるでしょう。」

 ナーエは再び椅子に座り、フランと二人でグラスを傾けた。

 

 ***


 部屋のドアがノックされ、アーシェが部屋に入ってきた。

 「支度ができたんだけど・・・。」

 「女王様。あんた、どこに行く気だ!?」

 荒い語気で声をかけた。
 「え?」


 いや、アーシェは、別に間違った格好をしているわけではない。

 ダルマスカ市民らしい短めの胴着に、いつものホットスリットを身に着けているだけである。

 でも、今夜はとにかく露出度を控えてもらわないと困るのだ。

 余計な面倒に関わるわけにはいかない。


 「何かまずかったの?」

 困った顔のアーシェを見て、言い方がまずかった、と反省する。

 「いや、何でもない。でも、あんたは、女王陛下なんだから、周りにばれないように身なりは特に控えめにするものだろう?」

 「――それもそうね。私ったら、少し浮かれてたわ。」

 「できるだけ大きいストールを二枚持ってこい。色は地味なやつ。西方風にアレンジしてやるから――。」

 アーシェが出ている間に、適当なウィッグを探し、角膜保護レンズの予備を引っ張り出す。


 しばらくして、アーシェが戻ってきた。
 言われたとおり、濃紺とオフホワイトのやや薄めのストールを手にしている。

 濃紺のストールを彼女の腰にまきつけ、脇で縛ってとめて、裾を長めに仕上げる。

 オフホワイトのストールは、胸の前で一縛りした後、胴に巻きつけ、最後に肩から垂らす。

 栗色の緩やかな巻き毛のウィッグをかぶせ、瞳に柿色のレンズをつけさせた。

 これなら、女王陛下とは、誰も思うまい。


 「まあ、いいだろう。それと、市街地では、俺のことを‘バルフレア’と呼ばないこと・・・。面が割れてはまずいからな。」

 バルフレアは、自分のウィッグとレンズを身につけながら、頷くアーシェに注意を促した。

 「――じゃあ、行くか。」


 ***


 日没時の市街地は、人で溢れかえっていた。
 ちょうど、祭りが一段落する時間帯なので、街中に作られた屋台には、様々な食材が並び、食べ物のにおいが鼻腔をくすぐる。
 簡単にあつらえたテーブルと椅子で、飲み交わす人々も出始めていて、街全体で宴会が行われているようであった。

 アーシェは、余程珍しいのか、キョロキョロとあちこちの屋台に目をやっている。

 こうしてみると、本当に年相応の単なる街娘である。

 喉も渇いたし、適当に酒でも飲みながら歩くか・・・、とボトルを買っている一寸した合間のことであった。


 姿が見えない・・・!


 完全に人ごみに紛れてしまった。

 慌てて、近くの屋台を片っ端から覗いていく。

 「あっ、ファムラン!ここよ!!」

 屈みこんでいたアーシェが、こちらに気がついて手を振った。


 思ったより、近くでよかった・・・。


 「あんた、離れるなら声をかけてくれよ。」

 「ごめんなさい。つい、見入ってしまって。」

 アーシェが眺めていたのは、記憶石の店であった。
 小規模の記憶石に様々な音楽やら映像が録音され、売られているのだ。

 「何だ?記憶石なんて、そんなに珍しいか?」

 「私、こういった石は自分で買いに行ったことがないのよ。」


 言われてみれば、『今週の新曲情報』なんて世間の雑誌は、そうそう女王の手元には届かないだろうし、そういった音楽を持ち込むヤツもいなかろう。
 世間に疎いと言われればそれまでだが、むしろ遮断されてきたのだろうな・・・。



 「じゃあ、自分で聞いてみればいい――。おい、今週は何が出ている?」

 「キルス・アンディの新曲が出てますよ。」

 「じゃあ、それをくれ。」

 石屋から記憶石を渡され、アーシェは殊のほか嬉しそうであった。

 「ありがとう。大事にする。」

 「曲なんて、毎週新作が出るんだから、そんなに気にしなくたっていいんだぞ。」

 記憶石につながれた紐を首にかけながら、アーシェは頭を振る。

 「あなたに貰ったものだから大事にするのよ。」

 少し照れくさくなり、ボトルの酒を一口煽った。


 「――とにかく、あんたがいなくなると俺に迷惑だから、離れないでおいてくれないか。」

 そう言って、バルフレアは自分の左腕をアーシェに向けた。

 アーシェは、軽く笑いながら、自分の右腕を絡ませると、二人は市街地東部へ向かっていった。



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