豊穣の女神
第2話 |
最近のフランは、割合、彼女の部屋に入りびたりである。 ナーエの部屋は、王宮内でも湖や森が一番よく見える部屋なのだが、前皇帝が『ナーエのために』と配慮してあてがったらしい。
わかっているくせに、敢えて‘聞く’のが、ナーエの癖だ。 「どうせ、わかっているんだろう?市街地に行ってくる。女王陛下の仰せでね。」 「ふーん。」 何か、言いたげな顔だ。 「なぜ、行かせてやらない?たかが祭りだろう?」 「『豊穣祭』の祝福の舞の意味は知ってるの?」 「ああ、先日、聞いた。」 「では、日没後のことも聞いたのね?」 「――あれだろう。舞姫は‘愛の女神’になって、神出鬼没に現れながら一晩中踊る、ってやつだろ?」 ナーエとフランが目配せをしながら笑っている。 何だか嫌な感じだ。
「古来より、‘舞’は精霊に捧げるためのもの――。その舞は、見る者の感情に働きかけ、非日常的な感覚を呼び起こす。忘我や恍惚といった感覚ね・・・。豊穣祭の本質的な意味は‘生産霊’への感謝。それは、日中においては豊作に対する祈念のため。そして、夜は、種族の繁栄を祈念するために・・・。」
「・・・。」 「今夜は、気をつけて街を歩くのね・・・。」 これが、‘姫’を市街地に決して出さない理由だったのか・・・。 そりゃあ、外に出すわけにはいかないだろう。 また、面倒なことにまきこまれたものだ。 「おい、あんた俺たちを止めないのか?」 ナーエに声をかけると、彼女は笑って答えた。 「貴方がついているから大丈夫でしょう。女王陛下の護衛は頼んだわよ。」
知らなかったとはいえ、とんだ災難である。 しかし、引き受けてしまった以上は仕方がない。 「この貸しは、いずれ返してもらうからな。」 ナーエに言い放つと、バルフレアは部屋を出て行った。 「何やら謝礼が欲しいようよ。」 フランは、事態を楽しんでいるような表情で、ナーエに声をかける。 「すでに、謝礼は支払い済み。――なあに、行けばわかるでしょう。」 ナーエは再び椅子に座り、フランと二人でグラスを傾けた。 *** 「支度ができたんだけど・・・。」 「女王様。あんた、どこに行く気だ!?」 荒い語気で声をかけた。
ダルマスカ市民らしい短めの胴着に、いつものホットスリットを身に着けているだけである。 でも、今夜はとにかく露出度を控えてもらわないと困るのだ。 余計な面倒に関わるわけにはいかない。
困った顔のアーシェを見て、言い方がまずかった、と反省する。 「いや、何でもない。でも、あんたは、女王陛下なんだから、周りにばれないように身なりは特に控えめにするものだろう?」 「――それもそうね。私ったら、少し浮かれてたわ。」 「できるだけ大きいストールを二枚持ってこい。色は地味なやつ。西方風にアレンジしてやるから――。」 アーシェが出ている間に、適当なウィッグを探し、角膜保護レンズの予備を引っ張り出す。 しばらくして、アーシェが戻ってきた。 濃紺のストールを彼女の腰にまきつけ、脇で縛ってとめて、裾を長めに仕上げる。 オフホワイトのストールは、胸の前で一縛りした後、胴に巻きつけ、最後に肩から垂らす。 栗色の緩やかな巻き毛のウィッグをかぶせ、瞳に柿色のレンズをつけさせた。 これなら、女王陛下とは、誰も思うまい。
バルフレアは、自分のウィッグとレンズを身につけながら、頷くアーシェに注意を促した。 「――じゃあ、行くか。」 アーシェは、余程珍しいのか、キョロキョロとあちこちの屋台に目をやっている。 こうしてみると、本当に年相応の単なる街娘である。 喉も渇いたし、適当に酒でも飲みながら歩くか・・・、とボトルを買っている一寸した合間のことであった。
慌てて、近くの屋台を片っ端から覗いていく。 「あっ、ファムラン!ここよ!!」 屈みこんでいたアーシェが、こちらに気がついて手を振った。
「ごめんなさい。つい、見入ってしまって。」 アーシェが眺めていたのは、記憶石の店であった。 「何だ?記憶石なんて、そんなに珍しいか?」 「私、こういった石は自分で買いに行ったことがないのよ。」 言われてみれば、『今週の新曲情報』なんて世間の雑誌は、そうそう女王の手元には届かないだろうし、そういった音楽を持ち込むヤツもいなかろう。
「キルス・アンディの新曲が出てますよ。」 「じゃあ、それをくれ。」 石屋から記憶石を渡され、アーシェは殊のほか嬉しそうであった。 「ありがとう。大事にする。」 「曲なんて、毎週新作が出るんだから、そんなに気にしなくたっていいんだぞ。」 記憶石につながれた紐を首にかけながら、アーシェは頭を振る。 「あなたに貰ったものだから大事にするのよ。」 少し照れくさくなり、ボトルの酒を一口煽った。
そう言って、バルフレアは自分の左腕をアーシェに向けた。 アーシェは、軽く笑いながら、自分の右腕を絡ませると、二人は市街地東部へ向かっていった。
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