豊穣の女神

  第3話(最終話)
 


  陽はすっかり暮れて、人々の酔いもまわってきたらしく、辺りが騒々しくなってきた。

 市街地の南陸橋を歩いていると、陸橋下の大広場から音楽が聞こえてくる。

 眼下を見ると、音楽に合わせて皆が踊っていた。

 この街の人々は、本当に踊りが好きらしい・・・。



 ***


 「行ってみない?」

 アーシェが興味深げに言うので、陸橋の階段を降りて広場に出る。


 すると、突然、北の方で歓声が沸きかえった。

 歓声が少しずつ南下してくる。

 辺りの人々が中央にスペースを作り始めたので、一緒になって後退した。
 北から現れたのは、今日の‘豊穣の女神’――パンネロであった。

 
  (やるねぇ、お嬢ちゃん。)

 思わず、軽く口笛を吹く。


 風もないのに、衣装は絶えず揺れ続け、彼女の周りだけが異空間のようだ。

 絵画からニンフが出てきたら、こんな感じだろうと思わせるような動き・・・。

 彼女がふと目線を泳がせたかと思うと、たちまち見られた人々の心が奪われていく。

 彼女を囲んでいた人々は、男女共にただただ溜息を漏らしていた。


 (女神の降臨か・・・。)


 今夜は、雲が多く、月明かりは時々隙間から差す程度である。
 それが、余計に彼女の動きを浮かび上がらせ、殊のほか幻想的だ。


 ふと、パンネロがこちらに視線を向けた。

 アーシェを指先で招いている。

 「あっ、おい!」

 止める間もなく、アーシェは呪術にでもかかったかのように、中央に進んでいった。



 曲が変わる。

 クラシカルな音楽だ、『Polovtsian Dance(ダッタン人の踊り)』――?

 アーシェも音楽に合わせてステップを踏む。

 聞きなれた音楽なのか、うまくリズムに合わせていた。

 パンネロが風に揺れ、空気を変えるような踊りであるとすれば、アーシェの場合、日向にいるような暖かい雰囲気をかもし出していた。
 技巧等は、とても本職にはかなわないが、その場で廻っているだけで、空気が和むような感じ。

 姿かたちは唯の街娘だが、時間がたつにつれ、聴衆がアーシェを見つめだすのがわかった。


 (そういえば、こいつは、ラバナスタの守護神だったんだな――。)



 感心して眺めていると、背後から肩をたたかれた。

 「バルフレア・・・?」

 振り向いてみると、ヴァンとカイツであった。

 「どうして、わかった?」

 「そりゃあ、あんた、立ち方に癖があるからさ。それに、パンネロと踊ってるの、アーシェだろ?いいのか、こんなところにいて?」

 バルフレアは肩を竦めながら答えた。

 「今日は、女王の‘お守り’だ。」

 「ったく、相変わらず素直じゃないなあ。」

 ヴァンは両腕を頭の後ろで組んだ。


 「それにしても、もうすぐ此処でのパンネロの踊りが終わるからさ。ちゃんと気をつけろよ。」

 「何を、だ?」

 「見てみなよ。あんなに注目されてるんだ。一人歩きだと思われたら、もみくちゃにされるぜ。」


 ははは、とヴァンは笑っているが、笑い事じゃない。


 「何で、お嬢ちゃんは平気なんだ?」

 「パンネロは、今日は‘現人神’だぜ?神様に手を出すヤツなんて、よっぽどのバカか相当な酔っ払いだけさ。まあ、酔っ払いを用心して、俺たちがこうして一緒について回ってるんだけどな。あんたらも気をつけなよ。」

 ヴァンたちは、じゃあな、と手を振ると人ごみに紛れていった。
 

 参った――。
 周囲は相当の人数だ・・・。

 曲がすすむにつれ、注目度があがっているのがわかる。


 (何のために、目立たぬ格好をしてきたのやら――。)

 軽く溜息をつくと、人ごみをわけて中央に進んでいった。



 ***


 聴衆の前列まで進むと、ちょうど曲が終わるところであった。

 パンネロが、深々とお辞儀をし、周囲からの拍手喝采を浴びていた。


 バルフレアは、前に進み出ると、パンネロに声をかけた。

 「女神様、もう一曲、お相手を・・・。」

 右手を胸に掲げ、軽く頭を下げつつ、パンネロに片目を閉じて目配せすると、彼女は含み笑いをしながら、指先で輪をつくった。


 バルフレアは近くの楽隊に行くと、「借りるよ。」と、バイオリンを手にする。

 「『Violin Concerto, e-moll(コンチェルト e-moll)』はわかるかい?」

 指揮者に尋ねる。

 「君、アレを弾けるのかい?」

 驚いた顔で尋ねられた。

 「ああ、バックは頼んだ。」

 そういって軽く笑うと、アーシェとパンネロの前に出る。

 「二人の女神のために――。踊って頂けますか?」

 恭しく礼をする姿の彼に、アーシェとパンネロは、顔を見合わせ、微笑んだ。

 「喜んで。」


 最初のパーカッションで、リズムを合わせる。

 リズムの速さに、聴衆が手拍子をうち鳴らし始める。

 先行した管楽器のメロディに、スタートを合わせて、一気にバイオリンを掻き鳴らす。

 アーシェとパンネロは、さっきまでの曲調とまるで違うにも関わらず、うまくテンポを合わせている。

 アーシェの上気した様は、周囲の空気が熱くなったような錯覚をおこさせた。

 パンネロは、先程までの涼やかさが一転し、旋風に包まれたかのような激しい動きを魅せる。

 ほんの数分間だが、そこは、まるで別世界のようであった――。
 

 音楽が鳴り止むと、一瞬静けさがあった後、拍手喝采が沸き起こる。

 二人の踊り子は、再びお辞儀をした。

 バルフレアは、バイオリンをさっさと返すと、アーシェの近くによって肩に手をまわす。

 ちらりと、こちらを見たパンネロが近づいてきて、バルフレアの耳元に口を寄せた。


 「このために、わざわざパフォーマンスしたんでしょ?気をつけて帰ってね。」

 そう言うと、大きく手を振って、ヴァンたちと共に走り去っていった。



 ***



 残された聴衆たちを掻き分け、さっさとこの場を去ろうとすると、目の前に赤ら顔の男達が立ちすくんだ。

 「なんか、用かい?」

 用心しつつ、睨み付ける。

 「随分、綺麗な女を連れ歩いてるねぇ。」

 「そりゃ、どうも。」


 ――しくじった。今日は、何の得物も持っていない。
    三、四人くらい、自分一人なら何てことはないが、あいにくアーシェがいる・・・。


 左腕で彼女の肩を抱き寄せ、右手に力を入れる。
 

 「さっきのあんたのアレ、良かったよ。」

 そういうと、男はビールのジョッキを目の前に差し出した。

 「俺らの奢りだ。飲んでってくれ!」


 何だよ、礼かよ!


 少し拍子抜けする。

 「いやあ、あんた格好良かったよ。娘さんも、女神様とは違う趣があって。」

 「今年はいいもん見れたなあ〜。」

 男たちは、それぞれ好き勝手な感想を言い合いながら、ジョッキを煽る。



 「せっかくなんだから、もう少し楽しんでいきなよ。」

 表情からは、悪意は感じられない。

 楽隊の音楽は、まだ続いていて、女も男もはしゃいでいる。

 「どうする?」

 アーシェに尋ねる。

 「もう少し、いてもいい?」

 「ああ。」

 街娘として踊れるのも、今夜一晩だけのことだろう。

 泡沫(うたかた)の夢だ・・・、もう少し付き合ってやるか。


 踊り場に戻っていくアーシェの背中を見ながら、椅子を引き寄せた。

 辺りの男たちが気軽に声をかけてきて、ジョッキを合わせて乾杯をする。

 他愛もない話をしながら、煙草を吸い、踊る女たちを見やる。


 (祭り好きの気持ちが、何となくわかるような気がするな・・・。)


 ***


 月はすでに真上に昇っていた。

 明日のこともあるし、そろそろ出たほうがいいだろう。

 アーシェを手招きすると、広場を出て、街を回りつつ戻ることにした。


 「今日は、すごく楽しかった――。フェスティバルって、こんなに面白いのね。」


 (あんたは、楽しいだけだったかもしれないが、こっちは色々気疲れしてるんだがね・・・。)

 バルフレアは苦笑しながら、満足気なアーシェを見た。

 (まあ、いいか。)

 軽く首を鳴らし、外門前広場を通りかかる。


 (それにしても、あれだけ脅されたのに、何の変哲もない唯の祭りだったじゃないか?)

 気負って損をした、と首をかしげながら歩いていると、辺りの雰囲気が違っていることに感づいた。

 暗闇に大分目が慣れてくると、あちらこちらに、結構な数の男女がいることに気づく。

 (おいおい、これか――!)

 まあ、祭りの後というものは、大体こんなものだろうが、それにしても数が多すぎる。

 さすがに‘豊穣祭’だ。


 アーシェの足が止まる。

 さすがの女王陛下も気づいたらしい。
 組んだ腕に速まる心音が伝わってくる。


 「なに?お前も、ああいうの興味あるの?」


 からかうように問いかけると、返事がない。

 ふと、顔を見ると、薄明かりの下でも顔が赤くなっているのがわかった。


 そりゃあ、こんなところは初めて見るんだろうなあ・・・。


 からかいついでで、唇を軽く合わせてみた。

 『こんなところで――!』と殴られるかと思ったら、案外無反応だ。

 アーシェの顔を覗き込むと、瞳が潤んでいる。


 (女神の‘効果’は覿面(てきめん)らしい・・・。)

 一笑して、もう一度、彼女の口を塞ぐと、唇がゆっくり開かれ、両腕が背中に廻された。

 そっと舌を滑り込ませながら、冷たいみぞおちから腰をなでていく。


 (俺も、女神の‘恩恵’に与るとしよう――。)


 冷涼な空気が満ちてくる中、身体が火照るのを感じていた。








= END =
 Nobody knows what happened to them...


 【BGM】
 album 『Natural』 by Kryzler & Kompany より
   ダッタン人の踊り (A.Borodin)
   コンチェルト e-moll (F.Mendelssohn)



 

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