豊穣の女神
第3話(最終話) |
市街地の南陸橋を歩いていると、陸橋下の大広場から音楽が聞こえてくる。 眼下を見ると、音楽に合わせて皆が踊っていた。 この街の人々は、本当に踊りが好きらしい・・・。
「行ってみない?」 アーシェが興味深げに言うので、陸橋の階段を降りて広場に出る。 歓声が少しずつ南下してくる。 辺りの人々が中央にスペースを作り始めたので、一緒になって後退した。 思わず、軽く口笛を吹く。 風もないのに、衣装は絶えず揺れ続け、彼女の周りだけが異空間のようだ。 絵画からニンフが出てきたら、こんな感じだろうと思わせるような動き・・・。 彼女がふと目線を泳がせたかと思うと、たちまち見られた人々の心が奪われていく。 彼女を囲んでいた人々は、男女共にただただ溜息を漏らしていた。 (女神の降臨か・・・。) 今夜は、雲が多く、月明かりは時々隙間から差す程度である。 ふと、パンネロがこちらに視線を向けた。 アーシェを指先で招いている。 「あっ、おい!」 止める間もなく、アーシェは呪術にでもかかったかのように、中央に進んでいった。
クラシカルな音楽だ、『Polovtsian Dance(ダッタン人の踊り)』――? アーシェも音楽に合わせてステップを踏む。 聞きなれた音楽なのか、うまくリズムに合わせていた。 パンネロが風に揺れ、空気を変えるような踊りであるとすれば、アーシェの場合、日向にいるような暖かい雰囲気をかもし出していた。 姿かたちは唯の街娘だが、時間がたつにつれ、聴衆がアーシェを見つめだすのがわかった。 (そういえば、こいつは、ラバナスタの守護神だったんだな――。)
感心して眺めていると、背後から肩をたたかれた。 「バルフレア・・・?」 振り向いてみると、ヴァンとカイツであった。 「どうして、わかった?」 「そりゃあ、あんた、立ち方に癖があるからさ。それに、パンネロと踊ってるの、アーシェだろ?いいのか、こんなところにいて?」 バルフレアは肩を竦めながら答えた。 「今日は、女王の‘お守り’だ。」 「ったく、相変わらず素直じゃないなあ。」 ヴァンは両腕を頭の後ろで組んだ。
「何を、だ?」 「見てみなよ。あんなに注目されてるんだ。一人歩きだと思われたら、もみくちゃにされるぜ。」 ははは、とヴァンは笑っているが、笑い事じゃない。 「何で、お嬢ちゃんは平気なんだ?」 「パンネロは、今日は‘現人神’だぜ?神様に手を出すヤツなんて、よっぽどのバカか相当な酔っ払いだけさ。まあ、酔っ払いを用心して、俺たちがこうして一緒について回ってるんだけどな。あんたらも気をつけなよ。」 ヴァンたちは、じゃあな、と手を振ると人ごみに紛れていった。 参った――。 曲がすすむにつれ、注目度があがっているのがわかる。 (何のために、目立たぬ格好をしてきたのやら――。) 軽く溜息をつくと、人ごみをわけて中央に進んでいった。 聴衆の前列まで進むと、ちょうど曲が終わるところであった。 パンネロが、深々とお辞儀をし、周囲からの拍手喝采を浴びていた。 バルフレアは、前に進み出ると、パンネロに声をかけた。 「女神様、もう一曲、お相手を・・・。」 右手を胸に掲げ、軽く頭を下げつつ、パンネロに片目を閉じて目配せすると、彼女は含み笑いをしながら、指先で輪をつくった。 バルフレアは近くの楽隊に行くと、「借りるよ。」と、バイオリンを手にする。 「『Violin Concerto, e-moll(コンチェルト
e-moll)』はわかるかい?」 指揮者に尋ねる。 「君、アレを弾けるのかい?」 驚いた顔で尋ねられた。 「ああ、バックは頼んだ。」 そういって軽く笑うと、アーシェとパンネロの前に出る。 「二人の女神のために――。踊って頂けますか?」 恭しく礼をする姿の彼に、アーシェとパンネロは、顔を見合わせ、微笑んだ。 「喜んで。」 最初のパーカッションで、リズムを合わせる。 リズムの速さに、聴衆が手拍子をうち鳴らし始める。 先行した管楽器のメロディに、スタートを合わせて、一気にバイオリンを掻き鳴らす。 アーシェとパンネロは、さっきまでの曲調とまるで違うにも関わらず、うまくテンポを合わせている。 アーシェの上気した様は、周囲の空気が熱くなったような錯覚をおこさせた。 パンネロは、先程までの涼やかさが一転し、旋風に包まれたかのような激しい動きを魅せる。 ほんの数分間だが、そこは、まるで別世界のようであった――。 音楽が鳴り止むと、一瞬静けさがあった後、拍手喝采が沸き起こる。 二人の踊り子は、再びお辞儀をした。 バルフレアは、バイオリンをさっさと返すと、アーシェの近くによって肩に手をまわす。 ちらりと、こちらを見たパンネロが近づいてきて、バルフレアの耳元に口を寄せた。 「このために、わざわざパフォーマンスしたんでしょ?気をつけて帰ってね。」 そう言うと、大きく手を振って、ヴァンたちと共に走り去っていった。
「なんか、用かい?」 用心しつつ、睨み付ける。 「随分、綺麗な女を連れ歩いてるねぇ。」 「そりゃ、どうも。」 ――しくじった。今日は、何の得物も持っていない。 左腕で彼女の肩を抱き寄せ、右手に力を入れる。 「さっきのあんたのアレ、良かったよ。」 そういうと、男はビールのジョッキを目の前に差し出した。 「俺らの奢りだ。飲んでってくれ!」
「いやあ、あんた格好良かったよ。娘さんも、女神様とは違う趣があって。」 「今年はいいもん見れたなあ〜。」 男たちは、それぞれ好き勝手な感想を言い合いながら、ジョッキを煽る。
表情からは、悪意は感じられない。 楽隊の音楽は、まだ続いていて、女も男もはしゃいでいる。 「どうする?」 アーシェに尋ねる。 「もう少し、いてもいい?」 「ああ。」 街娘として踊れるのも、今夜一晩だけのことだろう。 泡沫(うたかた)の夢だ・・・、もう少し付き合ってやるか。 踊り場に戻っていくアーシェの背中を見ながら、椅子を引き寄せた。 辺りの男たちが気軽に声をかけてきて、ジョッキを合わせて乾杯をする。 他愛もない話をしながら、煙草を吸い、踊る女たちを見やる。
明日のこともあるし、そろそろ出たほうがいいだろう。 アーシェを手招きすると、広場を出て、街を回りつつ戻ることにした。 「今日は、すごく楽しかった――。フェスティバルって、こんなに面白いのね。」
(まあ、いいか。) 軽く首を鳴らし、外門前広場を通りかかる。 (それにしても、あれだけ脅されたのに、何の変哲もない唯の祭りだったじゃないか?) 気負って損をした、と首をかしげながら歩いていると、辺りの雰囲気が違っていることに感づいた。 暗闇に大分目が慣れてくると、あちらこちらに、結構な数の男女がいることに気づく。 (おいおい、これか――!) まあ、祭りの後というものは、大体こんなものだろうが、それにしても数が多すぎる。 さすがに‘豊穣祭’だ。
さすがの女王陛下も気づいたらしい。 「なに?お前も、ああいうの興味あるの?」 からかうように問いかけると、返事がない。 ふと、顔を見ると、薄明かりの下でも顔が赤くなっているのがわかった。
『こんなところで――!』と殴られるかと思ったら、案外無反応だ。 アーシェの顔を覗き込むと、瞳が潤んでいる。 (女神の‘効果’は覿面(てきめん)らしい・・・。) 一笑して、もう一度、彼女の口を塞ぐと、唇がゆっくり開かれ、両腕が背中に廻された。 そっと舌を滑り込ませながら、冷たいみぞおちから腰をなでていく。 (俺も、女神の‘恩恵’に与るとしよう――。) 冷涼な空気が満ちてくる中、身体が火照るのを感じていた。
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