晩餐会は、宮殿の大広間で催されていた。
アーシェは、皇族として招待されており、皇帝の隣の席に座っていた。
ラーサーは、皇帝を挟んで反対側に座っており、彼女の横には介添としてアルシドが並んでいた。
他の客人からはわかりにくいが、自身の背後や、周囲の楽奏者の中にも警護者は潜んでおり、随時、反応できる体制にはなっている。
少し離れた距離ではあるが、背後には、バッシュが仁王立ちをして周囲をうかがっている。
この状況で、手を出してくる輩はいないだろう・・・。
「まあ、奴らが狙ってくるのは、晩餐会が終盤に入った頃だろうな。」
裏方に潜んでいたバルフレアは、ひな壇に陣取るアーシェ達を遠めに見ながら、フランに独り言ともとれるような言葉をつぶやいた。
「やっぱり?」
「ああ、まちがいない。」
散々、宝を盗み出してきている彼らにとって、襲撃に都合のよい場面を思いつくことなど容易きことであった。
「宴が進み、緊張感が丁度途切れる頃が狙い目、というわけね。」
「ああ。」
タイミングを読んでいたとしても、どんなやり方で仕掛けてくるかはわからない。
なんといっても、この地は彼らのテリトリーだ。
事前にどんな準備をしているか、予測がつかない。
「まあ、俺たちがいるんだから、大丈夫さ。」
バルフレアとフランは拳を軽くつきあわせると、互いに背をむけ、それぞれの配置場所に向かい、歩き出した。
***
宴が中盤に入ると、楽隊がワルツの演奏を始めた。
舞踏会は、各国からの来賓の交流を深めるために催されている。
最初は、来賓たちが自国同士の顔馴染み通しで踊るものの、曲が進むにつれ、既に会話を交わした他国の貴族と一緒に踊るのが、この場の作法である。
幾曲かが流れ、終盤に差し掛かると、いよいよ皇族がフロアに降り立つのだ。
(今年は誰が、相手として選ばれるのだろう?)
その年の、ゴシップ記事のトップになりかねない話題である。
ましてや、今年は<ダルマスカの華>と名高いアーシェ女王が参加しているとなれば、参加者が色めき立つのも無理はない。
その目にとまり、寵愛を受けることができれば、その後の出世にも少なからず影響がある。
フロア前方にある、一段高いステージから彼女が降り立ち、一歩ずつ歩み寄るにつれ、辺りの者は一歩ずつ後ろに下がり、自然と中央には円形の空間ができあがっていた。
あちこちから、ため息が漏れ聞こえた。
貴族たちの眼前に立つ女王は、可憐で気高く、涼やかな目で周囲に流し目を送っている。その姿を見ているだけで、心が奪われるような感覚に襲われ、人々は言葉を失い、ただ佇んだ。
ぐるりと、360度見渡した女王は、一人の男性に目線を送り、ニコリと笑いかけた。
男性は、口端に笑みを浮かべると、軽く優雅な足取りで、彼女に近づいた。
女王がオフホワイトのロンググローブを着用した左手を掲げると、男性は軽くしゃがみ、御手を恭しく受けとめ、ゆっくりと立ち上がった。
周りが、驚くほど躊躇なく女王の体を引き寄せ、ダンスにいざなった男性は・・・、バルフレアであった。
***
再びワルツが流れ出し、皆も、一斉に踊りだした。
アーシェのみならず、ラーサーやアルシドもフロアでダンスをしている。
最後の曲が流れ終わるその瞬間、宮殿の外にドンドンという音が響いた。
それと同時に、室内の灯りが一斉に消えた。
クライマックスの花火を盛り上げるための演出であり、客達も歓声をあげた。
一方で、灯りが消えた瞬間、バルフレアは視界が闇と化したことに気づいた。
(しまった!)
眼球は、明るいところから暗いところへの急激な反応が難しい性質がある。
そのため、瞬時に暗くされると視界が遮られた状態になるのだ。
「アーシェ!」
目の前にいる彼女の手首をつかみ、自分の両腕の中に引き寄せ、ガードをしようとした時――。
「時を知る精霊よ、因果司る神の手により我を守りたまえ・・Don't
Act!」
その言葉に続き、暗がりの中で、何人かの動きが止まった気配がした。
驚く間もなく、彼女の詠唱は続いた。
「命ささえる大地よ、我を庇護したまえ・・止めおけ!Don't
Move!」
アーシェが言い終わったとき、ようやくバルフレアの目が暗闇に慣れてきた。
よく見れば、闇に浮かぶのは、彼女に近づき手を伸ばそうとした状態で硬直する10人程度の男たちの姿であった。
(瞬時に、この人数に静止魔法が効くなんて!いったい、何がおきたんだ?)
目前の出来事に呆然とする彼の耳元にアーシェがささやいた。
「バルフレア、急いで彼らを!」
「あ・・、ああ。」
ダッシュで男に近づき、次々と拿捕していく。
バッシュを始め、護衛官達も彼らを捕まえていた。
既に、窓の外では花火が上がり、客の多くは、窓に近づき、色とりどりの光に見とれていた。
フロアには、花火の音が響き渡り、まるで何事もなかったかのように、宴はクライマックスを迎えている。
男たちを連れ、バッシュらと共に部屋を出ようとしたとき、バルフレアは、ふと、アーシェを見やった。
フロアの中央で一人佇み、こちらを向いた彼女の顔を、花火の灯りが仄かに照らす。
視線に気づいたのか、こちらに顔を向け、目が合った。
いつもと変わらぬ笑みを浮かべると、ウィンクを送ってきた。
(いやはや、末恐ろしい女王様だ・・・。)
苦笑しながら、バルフレアは男たちを追い立てながら、廊下を進んでいった。
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