嘘つきは空賊のはじまり

  第6話
 


 「今回ばかりは、姫に、本当に助けていただきまして・・・。」
 
 椅子の背もたれに体を預け、やれやれ、といった表情でアルシドは言った。
 
 昨夜から一晩あけ、御礼も兼ねた夕食を一緒に・・というアルシドの申し出から、アーシェをはじめとし、バルフレアやヴァンを含めた旅の仲間は、久しぶりに揃って食事をすることになったのである。
 
 『すげーごちそうじゃん!来てよかったー。』
 はしゃぐヴァンと、そんな彼を嗜めるパンネロを横目に見つつ、アーシェはアルシドに尋ねた。
 「今回の件は、大事に至らずに済みそうなのですか?」
 「ええ、魔石を守ることができたことと、主だった首謀者を一気に突き止めることができたおかげで、事態を早々に終息させる目処を立てることができました。今度のことは、嘗て、私がご引退願った大本営の長老共が原因のようです。魔石の力を使って、軍事力を再び増強しようとするつもりだったようですね。」
 「何年経っても、石の力にこだわるとは・・・。全く、代わり映えのしない連中だねぇ。」
 あきれ顔のバルフレアにうなずきながら、アルシドは話を続けた。
 「ええ、そのとおり。でも、今回の件で彼らの尻尾を捕まえることができましたからね。一味を組織ごと潰すよう、情報部と捜査部が総力をあげて、追い込みをかけているところです。」
 「でも、こうした話を聞くと、平和な世というものが、移ろい易い脆いもののように感じてしまいますね・・・。」
 ふぅ、とため息をもらすアーシェに、ラーサーが声をかけた。
 「そんなことありませんよ。僕は、今回、ロザリアに来て大きな変化を感じ取ることができましたよ、アーシェさん。」
 「そう思うのですか?」
 「はい。僕は、今回、輸出入に関する会談も兼ねて、アルケイディア本国の外渉担当官やその部下達も連れてきていたのですが、ロザリアの閣僚達は、以前のような杓子定規的な対応ではなく、両国の利益を考えた提案、調整をしてくれました。こうしたことは嘗てのロザリアを考えたら、想像できないことです。」
 「今や、ロザリア国内でも、和平路線が、世論の大半を占めていますからねえ。舵取りさえしっかりすれば、民は、他国と手を取り合う政策を支持してくれる時代になったのです。まあ、それ故に、大本営の古い連中は、焦りが出てきたというところですね。」
 アーシェやラーサー、アルシドが取り組んできたことは、確実に根を広げ、国民に安心感や平和を望む心をもたらしていることを改めて理解し、アーシェは多少安堵した。
 
 「それはそうと、なんで襲ってきた奴らはあっさり捕まっちゃったわけ?」
 日頃鍛えた腕前を発揮しようと、勇んでいたヴァンは、自分の出番が全くなかったことに、肩透かしをくらった気持ちだったのだ。
 「確かに、行動静止魔法くらいで捕まるなんて、間抜けな刺客よね。」
 ヴァンの疑問は、パンネロも感じていたので、二人は顔を見合わせ、首をかしげた。
 アーシェも同感であった。
 「私も疑問なのです。辺りが暗くなった瞬間、何者かが襲ってくる気配を感じ、急ぎ呪文を唱えたのですが、フロア中に効力が広がるなんて・・・。これまで、こんなことはなかったですし・・・。」
 「おそらく、彼女が身につけていた『陽の涙』のせいでしょうね。」
 アーシェの疑問に答えたのはフランであった。
 「破魔石ほどの力はなくとも、魔力を数倍に広げる力があるのでしょうね。今回は、行動静止魔法レベルだったからよかったけど、攻撃魔法だった場合には・・・。」
 「威力はすさまじいものになるということね。知らなかったとはいえ、とんでもないものを私は預かっていたのだわ。それはそうと・・・。」
 アーシェは、珍しく神妙にしているアルシドに厳しい目を向けた。
 「アルシド!お返しした『陽の涙』は、これからどうするの?」
 「奪われた聖櫃の在り処もわかりましたからね。魔石は、再び聖櫃にはめ込まれ、遅ればせながら一般公開することを予定しています。公開期間が終われば、再びしまわれますがね・・・。もちろん、どこに保存するかは、我々皇族だけが知るのみですが・・・。」
 「せいぜい、俺達に盗まれないよう、厳重に隠すことだな。」
 本気とも冗談ともとれるバルフレアの言葉に、アルシドは苦笑した。
 「もちろんですよ。墓所に、あんなにあっさりと侵入するなんて、おみそれしました。今後は、何重にも罠をしかけた警備体制をつくらねばなりませんね。」
 「余計なこというなよー、バルフレア!」
 頬を膨らますヴァンの頭を、バルフレアが軽く小突くと、一同は笑った。
 
 夜が更けていったが、久方ぶりの会食に話題は尽きず、彼らは時間をしばし忘れ、楽しんだ。
 
 ***
 
 翌日、ヴァンとパンネロ、フランを連れ、バルフレアはロザリア帝国を発った。
 アーシェは、国賓として訪問しており、私艇で帰国しないほうがよいだろうと彼女自身が判断し、そのままロザリアに残った。
 
 「なんで『一緒に帰ろう』って言わなかったの?」
 「そりゃあ、アーシェは公式行事で来ているんだ。空賊の飛空艇で帰国するのはまずいだろう。」
 「そうかなあ。」
 ニヤニヤしながら、パンネロは、操縦桿を握るバルフレアを見つめた。
 「言いづらい理由でもあるんじゃないの?」
 「何、言ってんだ。大人をからかうもんじゃない。」
 「そう?バルフレアって、肝心なところで、意地っ張りだからね。」
 こら、と運転席から振り返ると、ひゃあ、とパンネロはコックピットから出て行ってしまった。
 
 (確かに、今回、アーシェと向き合って話す機会もなかったな・・・。)
 
 黙っていると、副操縦席でフランが笑った。
 「なんだよ。」
 「貴方って、本当に顔に出るわね。」
 「何が?」
 「私に聞かなくても、わかってるはずよ。自分で何とかなさい。<大人>なんでしょう?」
 うっ、とバルフレアは口を噤んだ。
 
 晴れ渡る空を、シュトラールは更に速度をあげ、東へ向かった。
 
 ***
 
 アーシェが、ラバナスタ宮殿に戻ってきたのは、更に翌々日であった。
 日中は、ロザリア帝国での顛末を腹心達に報告し(もちろん全てではないが)、不在時に溜まった政務をこなしていたため、彼女が部屋に戻ってきたのは、夜も遅くであった。
 
 「随分、お疲れのようだな。」
 「ありがとう。今回は、貴方に随分助けてもらったわね。」
 「いや、たいしたことはしちゃいない。」
 
 夜も遅い時間だったが、香りを楽しみたいであろう彼女のためにハーブティーを淹れる。
 彼に手渡されたカップに口をつけ、ゆっくりと味わうと、彼女は満足気に一息ついた。
 
 「ロザリアでは大変だったな。」
 「本当ね、こんなことに巻き込まれるなんて、想像してなかったもの。」
 「アルシドには、あの後文句でも言ったのか?」
 「ええ、『貴方からの贈り物は金輪際遠慮します』ってね。」
 二人は声をあげて笑った。
 「そうだな、もう何ももらわない方が賢明かもしれないな。でも、訪問で少しはリフレッシュできたのか?アルシドはエスコート上手だろう?」
 アーシェは、バルフレアの言葉を聞くと、目をきょとんとさせ、彼を見つめた。
 
 (あ、嫌味な言い方になってたか?俺・・・。)
 
 バルフレアが頭を軽くかき、口を開こうとしたときであった。
 
 「そうね。確かに、アルシドのもてなしは素晴らしかったわ・・・。でも、正直、毎日寂しかったの。」
 ん?と首をかしげる彼に、アーシェは言葉を続けた。
 「私・・・、貴方がいないと落ち着かないのよ。からかわれたり、怒ったりしても、貴方といると安心するの。」
 「アーシェ・・・。」
 「貴方にいじわるされた気になって、気を引きたくてロザリアに行ったけど、自分に嘘はつけないわね。これからは、もう嘘もつかないし、駆け引きもしないわ。そういうのって、私、苦手だし。」
 ふふ、と笑う彼女の姿に、バルフレアは胸が詰まる思いがした。
 
 俺も悪かったと、言葉に出せればどんなに楽だろう・・・。
 でも、その一言が、どうしても口に出せず、バルフレアはアーシェを引き寄せ、抱きしめた。
 
 そんな彼の気持ちを、アーシェは察していた。
 ロザリアで、暗闇が彼女を襲った瞬間、彼は即座に守ってくれたのだ。
 普段、巧みに言葉を操る一方、内なる心を表現することが苦手な人なのだ。
 言葉に発する、発しないは関係ない。
 ただ、彼を信じればよいのだということを、確信することができた。
 
 「アーシェ・・・。」
 「なに?」
 「お前、やっぱりすごい女王なんだな・・・。」
 「どうしたの?急に褒めだしたりして。」
 
 くすくす笑う彼女を胸元で感じながら、バルフレアは彼女の髪を撫でた。
 
 嘘をつかず、真っ直ぐな姿勢で相手に向かう彼女は、それだけで駆け引きに勝っていく・・・。
 いや、彼女は駆け引き等は意識していないのだろう。
 嘘をついて、心理戦を繰り広げながら生き抜く<賊>の世界のルールは彼女に通用しない。
 世界を導く人間というのは、こういうものなのだと、改めて彼女の偉大さを感じたのだ。
 
 「まあ、お前は駆け引きは得意じゃないかもしれないが、存在感があって、周りが自然にまとまるタイプだろう?まさに『王道を行く』って感じだな。」
 「そう?じゃあ貴方は?」
 「俺みたいに、ごまかしながら世間を渡るやつは賊ぐらいにしかなれないだろう。『嘘つきは空賊のはじまり』って言うくらいだからな。」
 「じゃあ、私は、空賊失格ってことね?」
 「はは、そういうことになるな。」
 
 久しぶりの気が置けない夜に、二人は笑い続けた。
 外の闇は濃くなり、月明かりが宮殿の屋根を白く浮かび上がらせる。
 二人の部屋は、いつまでも明かりが灯っていた。
 
 
 

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