飛空艇のラウンジに集まると、ラーサーが口を開いた。
「皆さん、今回の皇帝生誕式典に合わせて、皇位の証が一般公開されることはご存知かと思いますが、聖櫃に秘宝がはめ込まれていることも知っていましたか?」
「ああ、だって俺ら、それを狙ってきたんだぜ。」
ヴァンの返答に、全員が一瞬凍りついたが、ラーサーは咳払いをすると再び口を開いた。
「まあ、それはともかく・・・。『陽の涙』と呼ばれるその秘宝は、貴石に見えますが、実は魔石なのです。現在は、溜め込んだ魔力を失っていますが、かつてはマルガラス家が近隣諸侯を従えていく際に、大いに用いられたという石なのです。」
「へー、破魔石みたいなもんだな。」
「そうですね。似たところはありますが、破魔石と異なり、魔力の吸収・放出の期間サイクルが短いらしいことまではわかっています。もちろん、破魔石ほどの力はないようですが・・・。」
「いざ、事を構える際には、大きな力となるってわけだな?」
ラーサーの言葉を続けたのはバルフレアであった。
「そんな石を、手に入れたいと考えるのは・・・。好戦タイプの大本営鷹派の連中ってわけだ。」
ラーサーは頷いた。
「そういうことです。」
「でも、それとアーシェがどう関係あるの?」
パンネロの疑問は尤もであった。
「どうやら、アルシドと皇帝が内々に相談し、秘宝を別の場所に隠していたらしいんです。どうも、アーシェさんに預けてあるそうで・・・。」
(あいつ、そんな素振りもなかったような・・・?)
うーん、とバルフレアは首をかしげた。
「じゃあ、聖櫃につけられた石が偽物とわかれば、彼らが次に狙うのは、女王様ということね。」
フランの言葉に、全員に緊張が走った。
***
一行が宮殿に戻った頃には、既に祝賀会が始まっていた。
一方で、事態が急を要することから、急遽、アルシドのみを会場から呼び寄せ、善後策を検討することとした。
ラーサーが墓所で起こった出来事を説明すると、アルシドは、ふぅむとしばし黙り、ようやく口を開いた。
「思った以上に、彼らも焦りがあるようですな。手の打ち方が早い・・・。」
「おい、そっちの事情はともかく、他国の王族を巻き込むとはどういうことだ!?」
捲くし立てるバルフレアを待て待てと諌めつつ、バッシュが尋ねた。
「女王陛下に、魔石を預けてあるとうかがったが、今はどこに?」
「実は、居場所はアーシェ陛下も知らないところに隠してあるのです。」
「えっ?だって、アーシェに預けてあるんだろう?」
甲高い声をあげたヴァンに、ふふ、とアルシドは笑んだ。
「木は森に隠せと言います。魔石も同様に隠してあるのです・・・。『陽の涙』はその名が示すとおり、紅く光る石でしてね。」
「紅い石ねぇ・・・。」
バルフレアは、アーシェがそんな石を持っていたか、思い起こしてみた。
-『これ?アルシドに頂いたのよ。』-
アーシェがチョーカーにつけていた石は、確か紅色・・・!
バルフレアは、あっ、と声をあげた。
「お前、なんて大胆不敵な・・・!」
「そう、陛下に差し上げたアクセサリーに隠させていただいていたのですよ。陛下は律儀な方ですから、私が差し上げたものを失くすことはありえませんし、私と会うときには必ず身につけてくださいますからね。何より、秘宝を見たことがある人間はマルガラスの者だけ・・・。決して居場所がわかることはないわけですよ。でも、これで、ばれてしまいましたからね。今後はそうはいきませんが。」
「威張って言うようなことじゃないだろう!?」
「じゃあ、アーシェはこのことは知らないの?」
パンネロが、アルシドに問うと、彼は頷いた。
「ええ。この晩餐会が終わってから、事情を説明し、本来、献上する予定であった装飾品と変える予定だったのですよ。しかし、鷹派の連中が、聖櫃の魔石が偽物であることに気づくのも時間の問題でしょう・・・。陛下には急ぎお話申し上げ、早々に、本物の魔石を回収しなくては――。」
「その必要はないわ。」
ドアを開けて急に入ってきたのは、ダルマスカ女王、アーシェ陛下その人だった。
***
「話は、ドアの外から聞かせてもらいました。アルシド・・・、私を使って、随分ななさりようね。」
言葉尻は丁寧であったが、厳しい視線は真っ直ぐに彼を捉えており、皆に緊張感が走った。
「あ、陛下・・。やはり怒っていらっしゃいます?」
すぅ、と一呼吸おくと、アーシェはアルシドに一歩近づき、口を開いた。
「当たり前でしょう!!」
「そうでしょうね・・・。」
窮するアルシドに、ラーサーもバッシュも口を閉ざしたままだった。
「いいですか?アルシド。私は、貴方と近しい間柄かもしれませんが、こういうことをこそこそされるのが、一番嫌なのです!最初からおっしゃってくだされば、私だってもっと積極的に協力できるというものですよ?」
「でも、元々知ってたら、アーシェのことだから、隠し事にならなくて、周りにばれちゃんじゃないか?」
「ヴァン!余計なこと言わないの!」
ボソボソと独り言を呟くヴァンに、アーシェが厳しい視線を投げかけたのを察したパンネロは、慌てて彼を諌めた。
「とにかく!」
こほんと咳払いをした女王は言葉を続けた。
「事の次第がわかった以上、新たに対策をとる必要があります!」
「ええ、陛下。ですから、その石をお返し頂き、陛下の御身を改めてお守りさせて頂きたく・・・。」
「何を言ってるの?そんなことをしたら、彼らが身を潜めてしまうではありませんか?」
一蹴されたアルシドは、恐るおそるアーシェに尋ねた。
「それはそうですが・・・。では、いったい?」
「私が囮になります!」
えー、と皆が言う傍で、バルフレアが顔を青ざめさせた。
「お前・・・。『囮になる』とか簡単に言うなよ!?仮にも、一国の女王陛下だろう?」
「仮ではなく、私は本物の女王です!女王だからこそ、やらねばならないのです!両国の外交を安定させる上でも、災いの芽は摘まなくては!」
アーシェが、こう言い出したら、絶対に引くことはない・・・。
はぁ、と溜息をつき、彼はアーシェの目前に立った。
「そこまで言うなら仕方がない・・・。だが・・・、俺も一緒に晩餐会に出る!」
***
式典が終わり、晩餐会までの間は、移動や休憩のため、宮殿内はざわついた雰囲気が漂っていた。
給仕たちは、準備で大わらわであった。
こうした時間帯は、人が入り乱れやすい。
「えっ!盗賊が秘宝を狙ってる?」
「しっ!声が大きいよ!」
「でも、秘宝って、今度展示されるために準備中なんじゃないか?」
「でも、今回の晩餐会は各国の要人が出席するから、そこでお披露目されるらしいよ。だから、それを聞きつけた盗賊が狙ってるって噂・・・。」
「やだなぁ、俺、そういうごたごたに巻き込まれたくないぜ~。」
「ダルマスカの女王が、お披露目のサポートをするらしいよ。」
「へー。ま、俺達みたいな給仕には関係ないけどなあ。」
金髪の男女の給仕は、こんな無駄話をあちこちでしてまわっていた。
噂を広めて、晩餐会に敵をひっぱりだそうと言い出したのはヴァンである。
スピーカー役は元々得意な性質であり、準備は上々である。
後は、給仕役として、パンネロと共に会場に待機する手筈だ。
「後は、晩餐会が始まるのを待つばかりね。貴方、準備はできたの?」
「ああ、こっちも上々だ。こんな堅苦しい格好は似合わないんだがな。」
ダガーを隠し持ち、どこかの公爵のような風貌に身を誂えていると、とても空賊には見えない。
準備をしていたのは、バルフレア、フランとアーシェは貴賓室で支度をしていた。
「私は、外で待機しているわね。」
「ああ。」
バルフレアとフランは、拳をこつりと重ね合わせると、部屋を出て行った。
一人部屋に残ったアーシェは、鏡に向かって、自身の装いの最終チェックを済ませた。
『陽の涙』は自分の胸元で、これまでと変わらぬ輝きを呈している。
「最後は、私の番ね・・・。」
呟き、アーシェは部屋の扉をあけた。
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