嘘つきは空賊のはじまり

  第2話
 


  バハムート戦役以降、大本営の力が弱まったロザリア帝国における皇帝家の発言力は年々高まっている。
 アルシドは、その功労者として、マルガラス家においては一目置かれる存在となっていた。
 
 ロザリアでは、例年、皇帝の誕生日にあわせ、祝賀会を催すのだが、今年は、ダルマスカ女王アーシェ陛下が出席するという連絡が入った。
 こうした宴に、ダルマスカ皇族が出席するのは初めてである。
 −ダルマスカ王国とロザリア帝国の関係は親密さを増している−
 と、新聞等はとりあげ、平和な世を賛美していた。
 
 宮殿内が、祝賀会の準備に奔走している中、アルシドは皇帝陛下に呼ばれた。
 
 「失礼いたします、陛下。」
 アルシドが部屋に入ると、皇帝だけが部屋で彼を待っていた。
 「今度の祝賀会にはアーシェ女王が来られるそうだな。」
 「はい。ダルマスカ女王がロザリアに来るということで、世間では、両国の緊密さを喜ぶムード一色になっております。」
 「それはそうと、彼女の護衛は、お前に一任するが、抜かりはないであろうな。」
 眼光鋭い皇帝陛下の視線を受け、アルシドは、一瞬言葉に詰まるが、また肩を崩し、いつもの笑みを浮かべた。
 「ええ、それはもちろん・・・。お任せください、陛下。」
 
 アルシドが部屋を出て行くと、皇帝は、ふぅとため息をついた。
 
 (何事も起きぬとよいのだが・・・。)
 
 ***
 
 「アルシド。お久しぶりです。」
 
 飛空艇ターミナルに現れたアーシェは、明るい笑顔でアルシドに声をかけた。
 
 「女王陛下にあらせましては、お元気そうで何よりです。」
 すっとしゃがみ、左膝を床につけ、軽く頭を下げてから、上目遣いにアーシェを見るアルシドの表情は涼やかで、その目で見つめられたアーシェは一瞬顔を赤くした。
 「此度はお世話になります。」
 軽く会釈をするアーシェの姿に、アルシドは目を細めた。
 「女王陛下。そのような無粋なことを・・・。」
 立ち上がり、アーシェの手をとったアルシドは、彼の背の高さ故に、女王を見下ろす視点となっていた。
 「貴女のような方は、ただ私に要望だけおっしゃってくださればよろしいのです。ご意向に沿うよう努力するのが男性の役目ですので・・・。」
 相変わらずの笑みを浮かべながら彼は微笑んだ。
 いつもだったら、鼻につくような歯が浮くような彼の台詞も、今日は彼女の耳に心地よく響く。
 「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ。」
 すっと出された彼の左手に、自分の右手を乗せると、彼女は毅然とした表情のまま、彼の案内に沿って歩き出した。
 
 ***
 
 アルシドのエスコートは、申し分がなかった。
 
 以前から、帝国美術館に所蔵されている絵画や彫刻を鑑賞したいと思っていたのだが、どこで聞いたのか、非公開となっている作品も含めて館内に展示してあったのだ。
 また、上級学芸員が同行し、作品の背景や解釈等を説明する等、細かな配慮を得られ、アーシェは一つひとつを満足いくまで鑑賞することができた。
 食事にしても、帝国内の各民族の料理が毎食の都度出され、食文化も堪能することができた。
 今日は、天気がいいということもあって、宮殿内につくられた植物園と庭園を観て回っているところだ。
 
 「アルシド、ありがとう。こんなに素敵なもてなしを受けるなんて・・・。感激しました。」
 「女王陛下のためですから、これくらいは当然ですよ。それにしても・・・。」
 
 アルシドは、じっとアーシェの胸元に飾られたチョーカーを見つめた。
 
 「私の贈り物を身につけてくださっているのですね。」
 
 アーシェがしているのは、かつて琥珀の谷を訪れた際に、アルシドから贈られた紅色のガーネットのチョーカーであった。
 
 「ええ、ロザリアに来るのですし、頂いたものを身につけたかったから。」
 
 アルシドは満足後に笑みを浮かべた。
 「陛下、この品を貴女に贈って、本当によかった。貴女以上に似合う方は見つからないでしょう。」
 「まあ、そうですか?」
 「ええ。」
 
 (あの人も、たまにはこれくらいのこと言ってくれたっていいのに・・・。)
 
 「どうしました?」
 
 ぼんやりとバルフレアのことを考えてたアーシェは、アルシドの声にはっとした。
 
 「いえ、なんでもないわ。」
 「少し、お疲れになりましたか?では、お茶でも召し上がってお休みください。」
 
 二人は、ポーチに向かって歩き出した。
 
 ***
 
 (本当に行くか、普通?)
 
 砂海亭の二階、いつもの席でバルフレアは、一人、飲んでいた。
 売り言葉に買い言葉とは言え、まさか本当に彼女がロザリアに行くとは思わなかったのだ。
 
 (勝手にしろ!)
 
 一気に飲み干したグラスを机に叩くように置いた瞬間、階段を誰かが駆け上がって来る音がした。
 
 「いたいた、バルフレア〜。」
 
 暢気な声の主は、ヴァンであった。
 
 この小僧が来る時もまた、面倒事に巻き込まれる傾向にある。
 バルフレアが渋い表情を見せるも、ヴァンはそれを意に介することもなく、或いは気付かずに、バルフレアの向かいの席に、どっかと腰を落ち着けた。
 
 「よく、俺がここにいるとわかったな?」
 「いや、たまたまトマジがミゲロさんの店に買い出しに来てて、『そういや、珍しくバルフレアが飲みに来てるぜ』って教えてくれたんだ。だから慌てて来たってわけ。」
 
 確かに慌てて来たのは、足音でわかる。
 
 「で?<慌てて来た>のは何の用事だ?」
 
 用件はさっさと切り出すに限る。
 
 「なぁ、一緒に魔石を盗りに行かないか?」
 「は?魔石?」
 「そう、魔石。」
 「どこに?」
 「ロザリア帝国。」
 
 どいつもこいつも、ロザリア帝国って言いやがる・・・。
 それにしても、あんなところに秘宝なんてあっただろうか?
 
 そもそも、ヴァンに魔石の情報を出し抜かれること自体が、沽券にかかわるというものだ。
 そんな焦りを隠しつつ、バルフレアはヴァンに対峙した。
 
 「まずは、詳しいことを話してみろ。それ次第では、行ってやっても構わないぜ。」
 「えー?たまには俺を信じて、何も聞かずに一緒に行ってくれたっていいじゃないか。」
 「ばーか。お前の情報をまるごと信じて出かけるほど、暇じゃないんだ。」
 
 ちぇ、と舌打ちしながら、ヴァンは自分が座っている椅子に足をあげて胡坐をかくと、テーブルに前のめりになって、口を開いた。
 「実はさあ、面白い話を聞いたんだ。琥珀の谷で、秘宝が一般公開されるんだって!」
 
 今、ロザリア帝国の首都、琥珀の谷の人々の間で話題になっているのは、皇帝の生誕式典に合わせて行われるマルガラス家の秘宝の一般公開――。
 その目玉となるのが、《皇位の証》の公開だという話だ。
 
 皇位の証の由来は、現在の新マルガラス朝よりずっと以前の旧マルガラス朝の話に遡る。
 当時、ガルテア連邦が解体し、マルガラス家が周辺諸族と連合して、ロザリア帝国を建国した際、当時の皇帝が建国にあたっての調印式で用いた道具が、皇位の証として代々マルガラス家に受け継がれている。
 
 証は三種ある。
 皇冠、錫、そして聖書だ。
 
 このうち、聖書に関しては、本自体とそれを収める櫃を合わせて<宝>と位置づけられている。
 皇冠と錫は、現在でも、様々な式典等で人々の目に触れるが、聖書は櫃に収められ、マルガラス家の墓所深部に収められたままだったのである。
 
 では、なぜ、今、一般公開なのか?
 おそらく、和平戦略を推進したい穏健派の思惑が背景にあるのだろう。
 
 大本営は軍事拡大路線である一方、穏健派は現在の外交戦略による和平路線を望んでいる。そのためには、彼らの大きな後ろ盾であるマルガラス家の立場をより強固にしておく必要がある。
 マルガラス家の秘宝を一般公開するにあたっては、現在の平和をもたらす新旧マルガラス家の功績も、広く広報されることになるだろう。
 
 −混沌とした時代を乗り越え、国民を導いてきたのはマルガラス家である。−
 
 こうしたイメージ戦略を作るのが狙いに違いない。
 大本営は隙あらば、マルガラス家の失脚を狙っているところがある。
 従って、穏健派は、先手を打って、早めに国民を味方につけることが重要だ。
 世論が、皇帝家寄りになればなるほど、穏健派の立場も磐石になる。
 その戦略の一つが、今回の「秘宝の一般公開」なのだろう。
 
 「それで、お前は何を狙ってるんだ?」
 「聖書の<櫃>さ。」
 「櫃――?さっき、魔石ってお前言っただろう?」
 訝しがるバルフレアを前に、ヴァンは、得意げな顔で鼻を擦った。
 「その櫃には『陽の涙』って魔石が飾られているらしいんだ。でも、マルガラス家以外の人間が見たことがないらしいから、盗んでしまっても、誰もわからないと思ったわけ。」
 
 確かに露出度が低い石なら、盗まれたとしても、そうそうおおっぴらにはしづらいし、その価値も計り知れないものがある・・・。
 しかしながら、その安直な発想もどうだろう――?
 
 「それにしても、どうやって盗む気なんだ?」
 
 それそれ、といった顔で、ヴァンは身を乗り出した。
 
 「これから考える!」
 「・・・。」
 「だから、バルフレアに相談してるんじゃないか!」
 
 一瞬、目を点にしたバルフレアを前に、彼は『それが何か?』と言いたげであった。
 呆れるを通り越して、バルフレアはがっくりと肩を落とした。
 
 「で、いつ盗りにいくか迷ったんだけど、祝賀会とかの直前がいいかなーって思ってるんだ。ああいう時って、案外、ごたごたして警備に隙が出るだろう?」
 
 普通は、行事の時期を避けるものである。
 なぜなら、いつも以上に警備が強固になるからだ。
 
 しかし、バルフレアは行事のタイミング敢えて狙う傾向がある。
 それは、行事の最中は、情報が輻輳するために、逆に隙が発生しやすくなるからだ。
 ヴァンは、そんな彼の思考を知ってか知らずか、同じような提案をしてきた。
 
 どこか抜けているように見えながらも、この世界で生き残っているのは、ヴァン自身に天性の嗅覚があるからだろう。
 他の人間が考えあぐね、ひねり出す答えに、彼は易々と辿り着く・・・。
 
 (末恐ろしいやつ――。)
 
 口端で笑う彼に、ヴァンはむっとした。
 
 「何だよ、馬鹿にした顔して!」
 
 どこかで、聞いた台詞だが・・・?
 
 そうだ、アーシェも、そんな台詞を吐き捨ててロザリアに向かったのだ。
 どうやら、今の俺は、つくづくロザリアに縁があるらしい。
 
 「いいだろう、行ってやる。」
 「本当かい?」
 嬉々とするヴァンに、バルフレアは釘をさした。
 「ああ、但し、事前準備はきっちりしてもらうぜ。俺は、お前と違って"思いつき"な仕事はしないんだ。」
 「わかったよ。でも、バルフレアも隠し事はなしだぜ。」
 「お前も言うようになったなあ。」
 
 ぽんと彼の頭をたたくと、ヴァンは顔をくしゃっとさせると、鼻を擦りつつ笑った。
 
 
 

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