朝方の陽光に包まれて、ぼんやりと意識がハッキリとしていく中、アーシェが寝台で寝返りを打つと、その動きにつられたのか、バルフレアも目を覚ました。
左腕で顔をおおいながら、欠伸をしている。
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
アーシェが声をかけると、彼は体を彼女のほうにむけ、肘をたてて右手で頭を支えながら、彼女をゆっくりと見遣る。
「いや、別に。」
微笑む彼の顔を見ながら、アーシェが満足気な表情を浮かべると、彼は思い出したように口を開いた。
「そういえば・・・、」
「なあに?」
「お前、昨日の夜は、随分いびきをかいてたぜ。」
「えぇ!」
彼女は思わず身を起こして、驚きの声をあげた。
「うそっ!私、いびきなんてしてたの!?」
「ああ、あんまりうるさいから、思わず起きたさ。」
彼はもう一度、大きな欠伸をしながら、抑揚のない口調で彼女に答えた。
「やだ・・!もう、信じられない!!」
彼女が両手で顔を覆い、首をうなだれていると、彼はからからと笑い声をたてた。
「う・そ。」
「え?」
「'嘘'って言ったのさ。」
アーシェが、目を丸くしていると、彼は笑いながら言葉を続けた。
「今日は、嘘をついてもいい日だろう?『エイプリル・フール』ってやつさ。お前、知って・・・、おい!」
「知らないわよ!もう、ひどい人ね!」
アーシェは怒りながら、手元の枕を振り上げたが、彼にひょいと枕を奪われてしまい、今度は、自分の拳で彼の肩を叩こうとした。
しかし、それもかわされてしまい、彼は、すっと起き上がるとローブを身につけ、笑いながらリビングに出て行ってしまった。
***
「おい、まだ拗ねてるのか?」
しばらく時間が経ったにも関わらず、リビングからバルフレアが声をかけても、彼女はなかなか起きてこなかった。
寝室を覗き込むと、寝台で横になっている彼女はじっとしていて動く気配がない。
どうやら、ふて寝をしているようだった。
「まったく、シャレの通じない女王様だなあ。」
彼は、首を軽く鳴らしながら近づくと、寝台に腰を下ろした。
シーツにくるまったまま、背中を向けているアーシェに声をかける。
「おい、いつまで、ふて腐れてるんだよ。」
「・・・。」
「俺が悪かった、女王様。勘弁してくれよ。」
「・・・やだ、もう知らない!」
やれやれ、と彼はつぶやくと、寝台にあがって、彼女の横に寝そべり、シーツの上から彼女を背中から抱きしめた。
「そんなに怒ると、せっかくの美人が台無しじゃないのか?」
「・・・て。」
「ん?何だ?」
アーシェの小声が聞き取れず、バルフレアは柔らかなトーンで尋ねた。
「すぐにそうやってからかうんだから・・・!」
彼女はシーツを跳ね上げて起き上がり、キッと彼をにらみつけた。
「貴方は、そうやっていつも私のことを馬鹿にして!私のことを何だと思っているのよ!」
寝台の上で、アーシェはバルフレアににじり寄った。
「おいおい・・・。どうしたんだよ、今朝は随分絡むじゃないか?」
「絡んでいるわけじゃないわ。聞いているのよ!」
「怒った顔も可愛いと思って言っただけさ。全く、冗談の通じない女だな。」
やれやれ、といった面持ちでバルフレアは、彼女に背を向けた。
その姿が、アーシェの癇に障った。
「冗談が通じなくて、悪かったわね。だったら、そういうシャレがわかる人といればいいでしょう!?」
「おい、何、言ってんだよ?」
「いいわよ、もう。私は、ロザリアに出かけてくる。」
「はあ?ロザリア?」
「アルシドのところに行ってくるわ。丁度、訪問する用事もあるし、なにより、私も気晴らしできるし。」
***
冬の終わりは一年間の取引の決算時期である。
特に、農作物関連は、春になると一斉に生産準備に入るので、当該年度の輸出入の目処を立てる必要があるのだ。
そのために、イヴァリースの主だった国が首脳会談を冬場に行うのが慣例だ。
今年は、ロザリアで開催された。
サミットは2日に渡って行われた。
1日目の夜は、恒例の晩餐会が催される。
このときも、晩餐会は、首脳陣のみならず各国の要人、貴人が集められていた。
ダルマスカからは、アーシェの他にも行政担当官が出席している。
今回は、ファルツが同道しているが、女王をそっちのけで、アルケイディア帝国とロザリア帝国の農務大臣と談笑している。
一方で、女王という立場柄、アーシェは、フロアを歩くだけで、周囲から声をかけられる。
そのため、なかなか落ち着く暇も無い。
少し疲れを感じ、壁際に近づいて一息いれていると、すっと近づいてくる男がいた。
「女王陛下、お久しゅうございます。今宵もまたお美しい。」
アルシドは、相変わらず歯の浮くような台詞を並べると、彼女の右手を恭しく掲げ、唇を触れた。
「ありがとう、あなたもお元気そうね。」
にこやかに彼女は微笑を返した。
どうやら、休んでいる暇はなさそうである。
「今回の準備は大変だったでしょう?」
「いえいえ、最近はラーサーや貴女のおかげで、各国とは親密な関係を築けていますからね。内部調整も楽なものですよ。本当に感謝しています。」
「そんな。私こそ感謝しています。貴方やラーサーのおかげで、ダルマスカの復興も予想以上に早く進んでいるのですから・・・。」
二人が談笑を続けていると、丁度近くを給仕が通りかかったので、アルシドはシャンパングラスを二つ受け取り、一つを彼女に手渡した。
「まあ、仕事の話はさておき、今宵は我々も交流を深めましょう。では・・・。」
グラスをあげる彼に合わせ、彼女もグラスを掲げた。
「乾杯。」
「ところで、例の空賊・・・、失礼。機工士は、宮殿に留守番ですか?」
「え?ああ、バルフレアのこと?どうかしら。どこかに出かけているかもしれないわ。」
「あの男と一緒にいるのは大変でしょう?」
「どういうこと?」
アーシェが眉を顰めると、アルシドはくす、と笑った。
「彼は、世間を知ったような顔をしていて、その癖、女性の扱い方一つわかっていない。」
「・・・な!」
「貴女のような気高き女性を、その辺りにいる女性たちと同じように扱うなんて・・・。私には考えられませんな。」
仰々しく諸手を掲げながら、アルシドは言葉を続けた。
「本来なら、貴女は傅かれ、敬われて当然の女性です。貴女に接する男は、それなりの心構えをもって、エスコートしてしかるべきでしょう?それなのに、あの男ときたら、宮殿でも我が物顔で振舞っているようですし・・・。貴女の傍にいる資格があるんですかねえ?」
「でも、彼がいるおかげで、私はいつも落ち着いた気持ちでいられるのよ。それに、仕事についても、助言をしてくれて、とても助かっているわ。」
ふぅん、と顎に手をあてながら、アルシドはにや、と笑った。
「まあ、彼の立場だったら、正論を吐くことは幾らでもできますからね。」
「・・・。」
「貴女はあくまでダルマスカの女王陛下。正論ばかりで対応できる立場ではないわけです。それを推し量って話をするだけの力が彼にあるのでしょうか?」
つ、と近寄り、彼は耳元で囁いた。
「私だったら、公式の場でも、二人きりであっても、貴女を失望させることは決してありませんよ。」
「!」
アーシェが、一瞬目を丸くすると、彼はすっと身体を離した。
「私は、いつでも、貴女をお待ちしておりますよ、陛下。」
片目を瞑り、軽く手をあげると、アルシドは再びフロアに戻っていった。
***
他の男の名前なら、ともかく、アルシド・マルガラスの名前は、バルフレアにとっては鬼門である。
アーシェの言葉を聞くと、たちまち顔色を変えた。
「なんで、今、あいつの名前が出てくるんだ?」
「いいじゃない、別に。」
そっぽを向く彼女に、バルフレアは慌てた。
「アルシドだったら、私をそうやってからかうことも、馬鹿にすることもしないわ。もっと紳士的よ。」
その言葉が、バルフレアの癇に障った。
他の誰でもない、あのロザリアの貴公子と比較されるのは、言語道断である。
そうなると、売り言葉に買い言葉だ。
「そうかよ。だったら行けばいいだろう?あの『紳士的な貴公子』のところにな!」
「ええ、行くわよ。」
「勝手にしろ!」
「勝手にするわよ!」
バルフレアは、さっさと寝台を降りると、すたすたと寝室を出て、リビングを抜けると、扉を乱暴に開閉し、アーシェの部屋を出て行った。
アーシェは怒りが覚めやらぬまま、枕に顔を埋めると、再びシーツにくるまった。
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