解放宣言から、半年が経過した。
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行政に関しては、独立前よりファルツ公を筆頭に、制度が整備されていたので、執行面での課題はみられなかった。
しかし、戦争の影響で人材が大いに不足したことと、今後はより文民を中心にした組織づくりが必要との考えから、市民からも広く人材を登用することとし、そのための制度づくりに時間をかけた。
これまでは、名家からの登用が多かったため、高等レベルで教育水準が安定していたのだが、市民からの採用となると、ある程度知識、経験に関する審査が必要となった。
あわせて、実際に職務に就いた後、身分や人間関係ではなく、能力に応じた配置が行われやすいよう規則を定めることも必須となり、専門部会を発足し、半年程度の期間をかけて目処をたてていった。
これに伴い、アーシェが力点を置いた政策として、「文化政策」があげられる。
アルケイディア帝国が情報や技術大国であることや、ロザリア帝国がマルガラス家を筆頭とした独自体制の大国であることを鑑みた場合、ダルマスカ王国は、その六六〇年の伝統と歴史が誇れる国家であることが特徴であった。
王都ラバナスタは古代ガルテア人の都として発展し、古代及びガルテア連邦時代の建造物を数多く残すことから、無国籍風にみえながらも円熟した文化が香る都市である。
特に、キルティア教の大聖堂は、ガルテア様式建築の最高峰としても名高い。
ラバナスタの職人たちによる交易品や衣類の加工、建築や装飾などはイヴァリース全土でも高い価値を持つ。
その技術を他国が模倣することはできるだろうが、細かな装飾等は、親方譲りの技術でなければ再現ができず、全土の富裕層に広く親しまれるものとなっている。
こうしたラバナスタならではの技術を後世に継承していくために、専門教育の実施と有形・無形の文化財の保護を奨励するようになった。
また、占領下では自粛されていたが、元来陽気で祭り好きなラバナスタ市民は、一ヶ月に一回は大きな祭事を催しており、これらの復活を国家として支援することで、市民の志気を大いに盛り上げたのである。
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「ロザリア帝国の訪問、ですか・・・。」
先日、ロザリア帝国のアルシド・マルガラスから親書が届いたのだが、その内容は、アーシェを招聘したいというものであった。
―― 面倒が片付いたら、一度ロザリアへおいでください。
わがマルガラス家発祥の地・・・夕日にきらめく‘琥珀の谷’をご案内しましょう。 ――
バーフォンハイムで、そんなことを言っていたような気もするが、本気だったとは。
しかし、意図はいったい・・・?
「殿下、どうなさいますか?何か裏があるようにも思われますが・・・。」
ファルツ公が尋ねる。
「まさか、殿下に個人的にお近づきにとお考えなのでは?」
バルザックらしい、率直な発想である。
アーシェは、その感想に溜息をつき、首を振った。
「それはないと思うわ。あの方は、近づきたければ自分から近づいてくるタイプだから、こんな凝った方法で呼び寄せるのは、何か思惑があるからよ。マルガラス家がロザリア帝国での求心力を高めたのは、ここ半年程度でしょう?恐らく、アルケイディア帝国への牽制に違いないわ。」
ナーエが、そのとおりだと顔を頷き、言葉を続けた。
「帝国大本営の鷹派の大多数は半年前に失脚はしているけれど、各属庭軍に対する影響力はまだまだ大きいらしいわ。直轄軍は直接指揮ができつつあるようだけど、ロザリア軍の大半を占める属庭軍をコントロールできるかどうかが、マルガラス家の王朝維持の鍵。入った情報によると、ダルマスカ王国とアルケイディア帝国が結びついて、ロザリア帝国と対立関係に入るのではないかという噂が大本営の首脳陣の間に流れているようよ。」
「やっと戦乱が終結したのに、そんなこと、あるはずがない!」
「戦争云々の可能性というよりは、マルガラス家を失脚させるための布石というところかしらね。」
アーシェは、左手をあごにあて、しばらく考え込んでから、口を開いた。
「その情報が確かならば、私が訪問することで、ダルマスカ王国の中立性がアピールでき、またマルガラス家はダルマスカ王家を‘呼びつける’だけの力を持つことを大本営側に見せつけることができるわけね。」
「そんなことのために、わざわざ殿下が訪問するなんて!」
「彼も困っているようだし、ささいなプライドを理由に、イヴァリースを不安定にさせるわけにはいかないわ。行くことには異存はありません。ただし、時期については、保留にしたいと答えておきましょう。今、アルケイディア帝国では、ラーサーが元老院の選挙の大詰めに入っています。ここで、ロザリアを訪問しては、彼の動きに水をさしてしまうことにもなりかねません。それに、少し待たせるぐらいでなければ・・・。一応、彼が私を呼びつけるのですから。」
「了解いたしました。では、そのように回答しておきましょう。」
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それから三ヶ月が過ぎ、アルケイディア帝国から連絡が入った。
ラーサーが、元老院を復活させ、その後押しを受け、ついに臨時独裁官から皇帝に即位するとのことであった。ついては、即位式にアーシェを招きたいという内容である。
「ラーサー様が皇帝就任となれば、次はいよいよ殿下の即位ですな。」
ファルツ公は感慨深げであった。
「国内情勢も落ち着きつつありますし、一刻も早く殿下には女王就任となっていただきたいものです。」
そうであった。
ラーサーが就任してから時期をみると答え続けてきたが、いよいよ彼が皇帝となれば、次は自分の番・・・。
「・・・、そうね。ただ、今は幾つか行事も控えているし、少し落ち着いてからではどうかしら。」
「承知しました。」
ファルツ公は執務室を出て行ったが、ナーエは戸口に立ったまま、アーシェを見つめていた。
「ナーエ、どうしたの?」
「――殿下、迷われておみえなのですね。」
「・・・。本当に、あなたには敵わないわね。」
確かに、アーシェは既に実質的な女王としてふるまい、また周囲からもそう認められている。
しかし、戴冠式をするということは、名実共に女王になるということだ。
そのことに対して、未だ覚悟ができていないというのが本音なのである。
「ナーエ、何となく、私は怖いのです。このまま女王になることが・・・。」
仕事中は決してそんな素振りを見せないが、まだ二十歳にならない王女なのである。
動物が好きで、歴史書や文学書を愛し、教養ある王女として育てられてきたのだ。
責任感と生来の負けん気から、気丈に立ち振るまってはいるが、国を背負う重責が、やはり彼女を苦しめていたのである。
「殿下、私がしてさしあげられることは、何もありません。でも、私に言えることはあります。何を恐れておられるのか、殿下ご自身で見定めることが大切です。」
「ナーエ・・・。」
「殿下は、立派に政務をなさっていらっしゃいます。殿下自身が思う以上に・・・。きっと、あなたの心が不安を感じる何らかの理由があるのでしょう。時間をかけて、お考えになってはいかがですか。」
「ええ、―――ありがとう。」
アーシェは、窓から眼下を見下ろすと溜息をついた。
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