市街地東部を南下すると、やや奥に入ったところに『ミゲロの道具ショップ』があった。
ヴァンとパンネロは、道中でよく「ミゲロさんには世話になったんだ」と話しており、ここに来れば何か情報がつかめるだろうと思ったのである。
店に入ると、結構人も多い。
奥にすすむと、棚に物を並べたり、箱を片付けたりと、くるくると忙しそうに動いているパンネロがいた。
「パンネロ、久しぶりね。」
アーシェが声をかけると、パンネロがふりむき、大きな瞳をさらに大きくして驚いた様子をしめす。
「アー・・・・シェさま・・・!」
大きな声を出しかけたパンネロに、アーシェは口の前で人差し指をたてた。パンネロも周囲を見渡しながらもごもごと口を閉ざす。
「どうしたんですか・・・!びっくりするじゃないですか?何かあったんですか?」
アーシェに近づいて小声で尋ねるパンネロを外に誘い、アーシェは用件を打ち明けた。
***
「ダランさん?うーん、ダラン爺のことかなあ?」
「知ってるの?」
「ええ、『物知りのダラン爺』って言えば、ラバナスタ市民で知らない人はいないくらいなんです。本当は、こんなことアーシェ様には言ってはいけないかもしれないんですが、ヴァンが王宮に忍び込む方法を教えてくれたのもダラン爺なんです・・・。」
自分でさえ知らない王宮の忍び込み方を知っているとは、何者なのだろうか?
「パンネロ、良かったらその方のところに案内してもらえないかしら?」
「わかりました。じゃあ、ちょっとお店に声をかけてくるので待っていてくださいね!」
パンネロは、いったん店に入って、しばらくすると小走りしながら出てきた。
***
二人は、外門前広場を通り過ぎながら、ラバナスタ南門に向かって歩いていた。
「今日は、ヴァンはどうしてるの?」
「ああ、最近は砂漠や草原でハンティングをしているんです。あのあたりなら、一人で十分だって言って、出かけました。お店のお手伝いだけだと、なかなかお金も稼げないし、大変なんですよー。」
彼らは、シュトラールのために飛空艇ターミナルの個人用倉庫を借りているので、その代金も稼がなければならなかったのだ。
「何もしてあげられなくて、ごめんなさいね・・・。」
「いいんですよ、アーシェ様!ヴァンは、シュトラールのメンテナンスをノノさん達とするの、すっごく楽しみにしてるんですよ、勉強にもなるし。それに、あたしたちが最速の空賊の‘足’を預かってるんだ、って思うと、自慢なんです!」
「そう・・・。」
「あっ!つきましたよ。」
ラバナスタ南門のすぐ左手にある円形の扉についた。
「市民は、もう上層に移り住んでいるのに、彼はダウンタウンに住んでいるの?」
「ええ、仕事柄、ここがいいんですって。」
扉が開き、二人は階段を下りていった。
少し歩いた奥ばったところに、小さな扉がついた石レンガの粗末な住居があった。
「ここですよ、アーシェ様。」
パンネロが指をさす。
(こんなところに父様の腹心だった方が?)
いぶかしげに、扉をノックし、中に入った。
***
中に入ると、白髪の老人が水煙草を飲みながら、猫兎をなでて椅子に座っていた。
アーシェが近づくと、大きな瞳をこちらに向けた。
「これはこれは・・・、どんな美人のお客さんが来たかと思えば、女王様であらせましたか・・・。」
「ダラン爺。アーシェ様のことを知ってるの?」
パンネロが、きょとんとした表情で尋ねる。
「先日、ビュエルバからお帰りになったときに、市民に演説をなさったではないですか。あの時とは服装も違いますが、私は一度拝見した方は忘れないのですよ。」
そう言って目を細めてもう一服すると、椅子を用意し、人払いをした。
「ダラン殿、貴方はかつてダルマスカ騎士団におみえだったのですか?」
「ええ、殿下がまだ幼い頃、私はダルマスカ騎士団の近衛府で長官を務めておりました。」
ダランは煙管を置くと、語り始めた。
「殿下は覚えておられないと思いますが、一番上のお兄様が早くに亡くなられたことはご存知でいらっしゃいますね?」
「はい、確か病気で亡くなったと聞きましたが・・・。」
「いえ、兄君は暗殺されたのです。―――ハンティングが趣味でいらっしゃった皇太子殿下は、よく近衛兵を連れ、砂漠にハントに出かけてお見えでした。ある日、運悪く砂嵐にあい、視界がさえぎられているところに弓を射られ、手当ての甲斐もなく亡くなられました。暗殺犯を捕らえることもできず、私は責任をとって王宮を去ったのです。」
「でも、それは貴方のせいでは―――。」
「ラミナス国王も、そうおっしゃってくださいました。しかし、私はつとめを果たせなかった自分を許すことはできず、国王に下野をお許しいただいたのです。」
バッシュといい、ウォースラといい、ダルマスカ騎士団は己のつとめに忠実である一方で、本当に固い人間が多い。
「事情はわかりました。しかし、今一度、あなたのお力をお借りしたいことがあるのです――。」
アーシェは、なぜダランを訪問したか理由を説明した。
「そうですか・・・。バルザックがそのような態度を・・・。あれは、先の戦争で妻を亡くしました。そうしたしこりが、奴をそうさせるのでしょうな・・・。」
「ダラン殿から、バルザックを説得してもらえませんか?」
アーシェが頼むと、ダランは頭を振った。
「確かに私が奴を説けば、あれは従い、貴方の元に赴くことでしょう。しかし、それでは、あれの心を従わせたことにはなりません。殿下は、多くの苦難を乗り越えてこられた方です。貴方の心からの言葉こそが、あれの心を解きほぐすのではないでしょうか。――パンネロ、バルザックは、大方今頃の時分はムスリ・バザー近くの溜まり場におるじゃろう。殿下をご案内してさしあげなさい。」
「わかった。――アーシェ様、行きましょう」
アーシェは、今ひとつ納得できなかったが、ダランの家を後にした。
***
「女王様ってやっぱり大変なんですね。」
パンネロが話しかける。
「あたしたちは、自分のことをやればいいんだろうけど、女王様は、国のこととか色々考えなくっちゃならないのでしょう?ぜんぜん想像はできないけど、一人でおつらくありませんか?」
「そうね・・・、もちろん簡単なこととは言えないけれど、王家としてのつとめだから。それに、私を支えてくれる者もいるし、大丈夫よ。」
アーシェは笑って答えたが、パンネロはその笑顔にやや翳りを感じた。
冷たい感じはなくなったものの、旅に出て間もない頃のような肩に力が入っていたアーシェを思い起こさせたのだ。
「そうですか・・・。あ、アーシェ様、見えてきましたよ!」
そこは、かつてアーシェたちがリヴァイアサンから脱出し、一時期「暁の断片」とともに身を隠していた場所であった。
自分が復讐のことで頭がいっぱいであった場所に、今の自分の部下が同じような苦しみをもって立ちすくんでいるのは何とも皮肉であった。
***
アーシェが、扉をノックすると、若い男性が取り次いだ。
最初、いぶかしげにこちらを見ていたのだが、数秒し、アーシェの顔立ちに気づいて慌てて礼をした。
「でっ、殿下!何ゆえこのようなところへ!」
「つべこべ言わずに、入れなさい。いつまで私を立たせておくの?」
「はっ、はい!」
若者は慌ててアーシェとパンネロを入れた。
中には、十数名は青年たちが集まっていたが、アーシェに気づくと皆直立して、こちらを見つめた。
「バルザックはいるの?彼に会わせてちょうだい。」
アーシェにたずねられ、男性は奥の部屋にむかい、なにやら話をしたあと、戻ってきた。
「恐れ入りますが、奥の部屋にお越しいただけますでしょうか・・・。」
アーシェは、パンネロを残し、一人奥に進んだ。
***
部屋にはバルザック一人しかいなかった。
椅子から立ち上がり、顔をこちらにむける。
「殿下、どうしてここがおわかりに?」
「ダウンタウンのダラン殿に聞いたの。」
「ったく、あの爺さんには、何もかも筒抜けか。」
「あなたのことを聞いたわ。――亡くなられた奥様のことも・・・。」
それを聞くとバルザックは顔をそむけ、唇を噛んだ。
「――なら、話は早い。殿下、俺にはどうしても納得いかない。あいつらは帝国の人間だ!やつらは、ラバナスタを踏みにじり、そして、俺の女房を殺した。――あの日、俺が街を離れてさえいなければ・・・。あいつは妊娠していたのに!」
声と肩を震わせながら、バルザックは帝国への憎しみを打ち明けた。
その表情は見たことがある。
一年前の自分の顔だった。
「バルザック、私もあなたと同じ。家族を亡くし、全てを失くした気持ちはわかります。」
「だったら、どうして――!!」
「確かに、あの時の傷を忘れることなどできません。癒そうにも癒えやしない、いつまでも残る傷でしょう。でも、その憎しみを持ち続けて、怒りを誰かにぶつけたとしても、過去は変わらない・・・。そうでしょう?」
「・・・。」
「私は、怒りと憎しみに囚われたまま、破魔石を追い求め、旅を続けました。でも、旅で出会った多くの人が戦争で苦しんだことを知ったのです。それはダルマスカ人だけではなく、さまざまな種族・立場の人も同じで、時にはアルケイディアの人さえもそうでした。この巨大な戦争の爪あとは、イヴァリース全体で受け止めていくほかないのです。確かに、帝国軍について痼りを感じるのは私も同様です。でも、一緒に未来をつくっていきたいと言ってくれる人々と私は手を取り合っていきたい。それがロザリアであっても、アルケイディアであっても。」
バルザックは、涙をこらえきれずに、うつむいた。
「私は旅の途中、ラーサー殿に励まされました、『国と国が手を取り合えなくても、人は同じ夢をみることができる』と。あの時の私は、その言葉を十分信じることができませんでしたが、今はその言葉の意味が本当によくわかります。バルザック、私と一緒に、新しいダルマスカをつくってくれませんか?」
バルザックは背中を向けたままだった。
アーシェは、扉を開け、部屋を出て行った。
「パンネロ、行きましょう。」
青年たちを残し、溜まり場を後にした。
***
外に出ると、陽が暮れかけていた。
「すっかり遅くなってしまったわね。パンネロ、今日はありがとう。」
アーシェが礼を言うと、パンネロはいつもの笑顔で答えた。
「いえ!アーシェ様が私たちを頼ってくださるなんて、光栄です。今日、お会いできて本当に嬉しかったです。どうか、お元気でお過ごしください。」
パンネロはそう言うと、市街地を南に向かっていった。
(さて、私も帰るとするか。そうだ、ナーエにお土産を買っていこう。バロース酒でいいかな。)
アーシェは、バザーでボトルを一本買うと、王宮に向かって歩き始めた。
***
後日、執務室にあらわれたバルザックの顔はすっきりとした表情で、自分から、ハウゼンに声をかけていた。
――俺たちは市街地は隅々までわかっているが、王宮警備や軍法づくりとかはさっぱり素人だ。一緒にやっていってくれるか?――
二人は握手を交わし、今後の体制作りについて協議を始めていった。
最近では、すっかり馬が合うようになったらしく、業務が終わると二人で市街地に飲みに出かけている様子も目撃されているとのことである。
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