市街地北部に入り、大橋から街全体を見下ろすと、街中の声が聞こえてきて、久しぶりに開放的な気持ちを味わうことができた。
市街地東部に向かいモグシー屋の前を通り過ぎると砂海亭が見えてくる。
旅路の途中、一度だけ寄ったことがある。
確か、ブルオミシェイスからアルケイディアに向かう途中、休息も兼ねてラバナスタに立ち寄った時のことだ。
★★★
「あんた、こういう店には入ったことないんだろう。王女様も庶民の楽しみくらい知っておいたらどうだ?」
ラバナスタは交易都市ということもあり、あちこちに宿屋があるのだが、この日は東部の一角にある宿に泊まることにした。
武器や食料の買出し等、各々が出かけており、アーシェもバザーにでも出かけようとモグシー屋に向かったとき、砂海亭の前でバルフレアに声をかけられたのであった。
黄昏の破片を取り戻したい、少しでも早く帝都に着きたいと、アーシェは当時ひどく焦っていた。
その時も、そんな気持ちの余裕はないと思ったのだが、何となくついていったのである。
***
丁度、宵の頃で、人の入りはまだ然程ではなく、二階席は人もまばらであった。
席に座ったものの、アーシェは顔をこわばらせ、膝の上で組んでいる手を見つめていた。
「で、王女様は何を召し上がる?」
声をかけられ、アーシェはふと我に返った。
「どうせ、ワインぐらいしか飲んだことないんじゃないのか?」
そのとおりだったので頷くと、バルフレアは店員を呼ぶと注文を済ませた。
ほどなく、店員が水の入ったピッチャーと茶色のボトルとグラスを四つ運んできた。
「見たことあるか?」
アーシェが首をふると、ボトルの蓋をあけ、二つのグラスに半分程度酒を注ぐ。
「これは、バロース酒っていう、多肉種の植物からつくった蒸留酒だ。ダルマスカの名産品だぜ、知らなかっただろう。」
そう言って、自分のグラスを飲み干した。
ややきつめの匂いがするが、その透明な液体をアーシェも、一口含んでみた。
次の瞬間であった。
「・・・!!・・・何これっ!」
咳き込むアーシェに、バルフレアは大笑いしながら空いたグラスに水を注いで渡した。
一気に水を飲み込むと、アーシェは、椅子から立ち上がってバルフレアに詰め寄った。
「何を飲ませたのよ!喉は痛いし、口も痛いし!」
「いやあ、悪かった。これはこういう酒なのさ。庶民は、こういう効きが早くて、酔いやすい酒が好きなのさ。お気に召さなかったか?」
こうなることがわかってやったな、と腹を立てつつ、アーシェは再びバロース酒に手を伸ばした。
「あんまりとばさないほうがいいと思うぜ。」
「誘ったのはそちらでしょう?せっかくですから頂きます。」
***
ボトルが半分程度になった頃には、店も随分賑わってきた。
「何だか、みんな楽しそうですね・・・」
アーシェは、目を細めて皆が飲みあう様子を見ていた。
「なあに、空元気さ。」
バルフレアは、塩をなめると、再び酒を飲んだ。
「表面でいくら面白おかしく繕ってても、誰でも何か抱えてるんじゃないのか?ヴァンやお嬢ちゃんだって、気楽そうに見えて、案外悩みはでかい。」
「誰でも悩みを持つのだから、気にするな・・・、と?」
「いや、あんたとあいつらじゃ立場が違う。気にするな、なんて言えないさ。ただ、ああいう空元気を出すのも悪くない――ってことさ。あんた、店の前で、今にも死にそうな顔してたけど、今は随分生きた顔してるぜ?」
「死にそうな顔・・・でしたか。」
確かに、バロース酒を最初に飲んだときに大声をあげて、胸につかえていたものが一瞬でもとれたのは事実である。
「また、明日になれば、あんたは色々考えちまうんだろう。でも、四六時中真っ暗な顔をしてたら、いざって時に踏ん張りが利かないぜ。どんな時でもバランスが大事なんだ、やるときはやる、抜くときは抜く・・・さ。」
「――そうですね。」
★★★
(見てないようで、ああやって励ましてくれてたんだな)
見上げた砂海亭の風景はちっとも変わっていなかった。
アーシェは、再び南へ足を向け、歩き始めた。
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