FLY ME TO THE SKY

 第5章 対立
 

 

 
解放宣言後、人々は笑顔に満ち、市街も活気にあふれていた。


 しかしながら、アーシェは浮かない様子で、王宮の自室から街を見下ろしていた。
 (頭が痛いわ・・・。)
 大きな溜息をついて、アーシェは空を見上げた。
 昨日の会議のことである。


 ***


 「納得がいきません!」
 バルザックは、ジャッジ・ハウゼンを前にして言い放った。
 「どんな事情があったとしても、ラバナスタ解放軍は帝国に対する無念を忘れることはありません。我々が命がけで戦ってきたことを殿下はお忘れですか!」
 「バルザック!私が皆の想いを忘れるわけがないでしょう?しかし、今、ダルマスカの安定を図っていくためには、アルケイディア帝国との協力が必要だと言っているのです。」


 ***


 解放宣言後、アーシェは主だった部下を執務室に呼び集め、内々に説明を行った。


 オキューリアが歴史を影から導くべく天陽の繭を作り出し、王家の証である破魔石はその一部であったこと。
 ヴェインは新しい歴史を作るために、破魔石を利用しようとしていたこと。
 アルケイディア帝国の侵攻はヴェインの独断専横であり、その暴走を止めるために、アーシェは仲間たちと共に戦ってきたこと。
 ラーサーが穏健派で、ダルマスカ王国の復興に尽力をしてくれていること。
 バッシュ・フォン・ローゼンバーグ将軍が両国の秩序の安定のためにジャッジ・ガブラスとしてアルケイディア帝国に仕えていること。
 ダルマスカが専守防衛に必要な軍備を整えるまで、アルケイディア軍から兵と艦隊の貸与を受ける予定であること――。


 なぜアルケイディア帝国とダルマスカ王国の間に急に友好関係が築かれたのか、その背景を説明せねば、今後の体制をつくる上で、彼らの納得が得られないと考えたからである。
 その席上で、バルザックが異論を唱えたのである。


 ***


 「オキューリアだか何だか知りませんが、アルケイディア帝国によりラバナスタが支配を受け、市民が苦しい想いをしたことは事実です!それなのに、それを水に流して帝国兵と力を合わせろと?冗談じゃありません、皆が納得するわけがない!」
 バルザックは声を荒げた。


 執務室には、黒髪のヴィエラ〜ナーエ(Nahe)〜と、白髪の壮年の男性〜ファルツ(Phalz)公〜、ラーサーから派遣されたジャッジ・ハウゼン、旧ダルマスカ騎士団員のバルザックが集められていた。


 バルザックは、ラバナスタ解放軍時代よりウォースラ・ヨーク・アズラス将軍の右腕として活躍していたが、彼が失踪した以降は、若い団員をまとめあげ、団員達からも信頼をおかれていた人物である。
 ラバナスタ解放軍の中でも、祖国愛が強く、また短気で負けず嫌いなダルマスカ気質がはっきり表れたタイプであり、アーシェの説明に反発するのは無理もなかった。


 「では、貴殿はいかにしたいとお考えなのですか?」
 ハウゼンが問い直すと、バルザックはハウゼンを指差し、凝視して答えた。
 「ラバナスタは俺たちが守る。帝国の力を借りる必要は全くない!わかったら、さっさとこの国の帝国兵を引き連れ、ここから出て行ってくれ!」


 「バルザック!口を慎みなさい!ハウゼンを招聘したのは私なのですよ!」
 アーシェはきつい口調でバルザックに声をあげたが、当の本人は不服そうな顔をし、腕を組んだ。
 「いくら、殿下のご指示とはいえ、どうしても我慢なりません。帝国兵を用いるというのであれば、我々は別行動をするだけです!――失礼!」
 そう言い放つと、つかつかと執務室を出て行ってしまった。


 大きな溜息をつくと、アーシェはハウゼンに声をかけた。
 「ハウゼン、すみません。あなたには何の咎もないのに、このような思いをさせてしまって・・・。」
 「いえ、殿下。こうなることは覚悟しておりました。しかしながら、私の役目は、ラバナスタの治安の維持と自衛力強化への貢献ですので、このままでは、本末転倒となってしまうことが心配です。」


 困惑した様子の二人に、ファルツ公が記憶を手繰りながら声をかけた。
 「殿下、ラミナス陛下ご存命の頃、勇将と謳われたダラン殿なら、バルザックを説得できるかもしれません。ダルマスカ騎士団は、上下関係に厳しいところがございますので、先帝に重用されたダラン殿の話であれば団員も耳を傾けるかと。」
 「彼は今どこに?」
 「確か、下野されてからは、ラバナスタ市民として市街地のどこかに住んでいるという噂を耳にしたことはございますが・・・。」


 アーシェは、聞き覚えのあるような名前だと思いつつ、市街地に住むかつての仲間に頼ってみることを考えていた。


 「とりあえず、ダラン殿のことは心当たりをあたってみます。領内の防衛については、当面、ハウゼンを中心に、兵をまとめてください。私も旅路において、帝国兵の様子を見ましたが領民に対する態度は見過ごせないものがありました。ハウゼンは、ジャッジの名に恥じないよう、兵の意識、態度の改善に努めてください。」
 「承りました。」
 アーシェは彼らに指示を言い残すと、執務室を後にした。


 ***


 翌朝、バルコニーから見上げる空は快晴であった。
 活気あふれる市街地に目をやると、部屋に再び戻って支度を始めた。


 心当たりと言ったはいいが、さほどの当てもない。
 まずは市街地を知り尽くしているであろうヴァンやパンネロに聞いてみるほかなさそうであった。
 彼らを王宮に呼ぶという方法もあったが、久しぶりに街に出てみたいと思ったので、市民がよく着ているような単色の胴衣とゆったりとしたズボンに着替え、荷物をまとめはじめた。


 「殿下、どちらにお出かけですか?」
 急に声をかけられ、アーシェが驚いてふりむくと、ナーエが口許をややほころばせ、こちらを見ていた。


 「ナーエ!また、私の部屋に勝手に入ってきて!」
 「いえ、ノックもさせて頂きましたし、お声もかけたのですが、どうやら上の空でいらっしゃったようですね。お気づきになられなかったのですか?」


 ナーエは、亡きラミナス国王が若き頃よりダルマスカ家に仕えているらしく、アーシェのことも当然、物心つかない頃からずっと見守ってきた忠臣である。
 九人兄妹の末娘として、父や兄に可愛がられて育ったアーシェにとっては、弱みも強みも全て握られている姉のような存在でもあった。


 「まさか、お一人で市街地にでも出かけようなどとお考えではございませんよね?」
 そう言って、広いストライドでアーシェに近づくと、腕を組んで顔を近づけた。
 
 ヴィエラ族の彼女は身長も高く、体格も良いので、近くでみるとやはり迫力がある。
 少し萎縮はするが、そういつまでも子供扱いされるわけにはいかない。


 「ええ、そうよ。それが何か?」
 アーシェは、荷物をまとめ続けながら、わざとそっけなく答えた。
 傍でくすくすと笑う声がする。
 「ちょっと・・・、何がおかしいの!」
 ナーエが口に片手をあて、笑いをこらえようとする様子を見て、思わずアーシェは詰め寄った。


 「殿下は、相変わらずでいらっしゃいますね。」
 「――え?」
 「あなたは、昔からそうでした。何かやろうと決めると、本当に頑固で、一人で何でも決めて、とにかくやろうとする。でも、いざやってみると、大概空回りするか、一人で踏み切れなくて助けがいるとか・・・。本当にお変わりにならないのですね。」
 ナーエは、淡々と話をしたつもりだが、アーシェにとっては痛いところを衝かれたらしく、顔がみるみる赤くなっていった。


 「あなたはいつもそうやって私を子供扱いして!私だって、この二年で随分変わったのよ!一人で出かけることだって平気だし、何より随分強くなったんだから!」
 「まあ、殿下にしては、随分お変わりになりました。確かに、剣の扱いは相当お上手になったようですね。」
 「そうよ!だからほっといてちょうだい!」
 「ところで、どちらからお出になられるのですか?」


 (あっ!)


 確かに、女王が出かけるとなれば、皆が同道を求めるだろうし、大勢で出かければ、密かに調べようにも目立って仕方がない。
 アーシェは言葉に詰まってしまった。


 「庭園の東側の使用人用扉の鍵をお持ちしました。バニシュを唱えて行けば、見つからずに外に出られましょう。」
 「――ナーエ。いいのですか?」
 「ええ。殿下は信頼できる仲間もおられるようですし、今の殿下に敵う武人もそうは多くないでしょう。多少、危なっかしい面はございますが、本当にお一人で動かれるわけではなさそうですし、それほど心配しておりません。」
 ナーエは、アーシェに鍵を渡した。


 「ありがとう。ナーエ。」
 アーシェは、気恥ずかしい気持ちもあったが、ナーエがあらためて自分の味方であることを感じ、顔を微笑ませて礼を言うと、足早に庭園に向かっていった。


 ***


 「君は相変わらず殿下に甘いな。」
 ナーエが廊下でアーシェを見送っていると、ファルツ公が背後から近づいてきた。


 「私がこうすると知っていたかのようね?」
 「まあ、そうだ。――しかし、殿下はどこまで女王としての自覚があるのか。この先々も心配ではあるな・・・。」
 「そうね。でも、随分大人になられたわ。お辛い二年間でしたでしょうけど、大切なことを学ばれたようね。」
 「うむ。もう姫殿下ではないのだな。」
 「ええ、立派な女王になられるでしょう。私たちにできることは、あの方が折れずに真っ直ぐ歩んでいける道をつくることなのでしょうね。」


 二人は、目を合わせ頷くと、廊下を歩き始めた。


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