眼下には紺青の海が広がり、飛空艇との間に、ぽかりぽかりと真っ白な雲が浮かんでいる。
空は青々としており、久しぶりに眺める美しい風景にアーシェは見とれていた。
「間もなくダルマスカ空域に入ります。」
艇員の声に、ふと我にかえり、また不安がよみがえってきた。
(ダルマスカの民は自分を許してくれるのだろうか・・・。)
確かに、大戦を回避させることはできたが、二年以上地下に潜伏し、ダルマスカが最も苦汁をなめていた間、何もできなかった自分である。
今更出て行ったところで、本当に受け入れてもらえるのだろうか、とアーシェは悩んでいた。
旅路においては、そんなアーシェの様子を見た仲間が何かしら声をかけたものだが、今は一人であり、アーシェはあらためて孤独感を感じていた。
飛空艇は、東ダルマスカ砂漠の上空を越えていく。
「間もなく、王都ラバナスタに到着いたします。」
再び、窓に目を向けると、緑に包まれた石造りの建築物群が浮かび上がる。
(ついに、帰ってきた。)
アーシェは唇を噛み締めた。
***
アーシェが乗った飛空挺は王宮前広場に滑り込むように降下した。
飛空艇の扉が開き、オンドール候に伴われて、アーシェは降り立った。
その瞬間、広場一円に歓呼の声が響き渡った。
王宮前広場には、いつ聞きつけたのか大勢のラバナスタ市民が詰め掛けていた。
大きく手を振る者、泣き叫ぶ者、抱き合う者・・・、皆様々ではあったが、どの顔もあふれんばかりの笑顔に満ちていた。
(ラバナスタは自由になったんだ・・・。)
一面を見渡し、感慨にふけっていると、黒髪のヴィエラと白髪の壮年の男性が駆け寄ってきて、アーシェの前に跪いた。
「殿下・・・、ご無事で何よりです。」
「ずっとお待ち申し上げておりました。」
普段はあまり表情を変えない二人であったが、アーシェの前で身体を震わせながら控える姿から、この二年間どれほどの想いでこの日を待ち望んでいたのかが伝わってくる。
「二人とも無事で何よりです。苦労をかけました。」
「殿下・・・!」
二人は頭を上げ、目を細めた。
ラミナス皇帝統治下における重臣として、軍議、政策協議など、ダルマスカ統治のために尽くしてきた二人であった。
ナルビナ城塞における和平調停中に、ラミナス国王暗殺の知らせが入った際、急ぎアーシェを保護しようとしたのだが、すでに彼女はウォースラ・ヨーク・アズラス将軍の手引きで王宮から脱出していたため、彼らは王女の探索をしつつ、ダルマスカの内政維持のためにラバナスタに残っていたのであった。
アーシェとラバナスタ重臣達との分断を図るため、ヴェインは早々にオンドール候にアーシェが自害したこととバッシュ・フォン・ローゼンバーグ将軍が国王殺害の実行犯であることを発表させた。
ラミナス国王の重臣達にとって、ダルマスカ騎士団が国王暗殺に関与していたという公式発表、そしてヴァンの兄であるレックスの証言は、旧ダルマスカ騎士団を中心とした解放軍に対する不信感を引き起こすに十分であった。
また、ヴェインは、内政安定のため旧体制を一定程度維持するという名目のもとに、重臣らを引き続き重用し、重臣らがヴェイン寄りになったと解放軍側に思わせ、彼らが接触しないように謀ったのである。
しかし、王女生存説はラバナスタにおいても一部で噂にはなっており、オンドール候が、本格的に解放軍を組織立て始めた頃、重臣の中でも王家に強い恩義を感じていた二人がオンドール候に接触を図り、真相を知るに至ったのである。
二人は、解放軍に参加し、すぐにでも王女に対面したかったようだが、戦後の王政復古に向けた準備をすることが忠義であると候に説得され、今日を待っていたのである。
「殿下、ダルマスカの民は、殿下のご存命を心より喜び、お戻りをお待ち申し上げておりました。」
アーシェは、その言葉を嬉しく感じながらも、ためらいながら尋ねた。
「でも、私は二年も姿を消し、民が辛い想いをしている間、何もすることができませんでした。それなのに・・・。」
「それは違いますぞ、殿下。」
アーシェに引き続き降り立ったオンドール候が、声をかけた。
「殿下は‘ダルマスカ’の心を取り戻してくださった。」
「ダルマスカの心・・・?」
「そうです。ダルマスカは王家を失ったと同時に、国民の誇りと自由を失いました。この二年間、表面的には復興を遂げてきましたが、国民の心の自由が失われたままだったのです。我々は、それを取り戻したいがために、解放戦争に臨んできたのです。そして、ついに成し遂げました。アーシェ殿下、貴方は我々にとって自由をもたらした王女なのです。」
「‘自由’・・・。」
ダルマスカは、覇王レイスウォールの血統を継ぐ、由緒正しい国家であり、ダルマスカ国民はその誇りを持ってこの地を愛し続けてきた。
特に、王都ラバナスタはイヴァリース有数の交易拠点であり、文化も豊かで、個人々々の独立心も旺盛な土地柄である。
そんなダルマスカ人にとって、余所者に支配され続けることは屈辱に他ならないことなのだ。
「ダルマスカ国民に、我々がもう何者からも束縛を受けないことを、どうかお伝えください。」
アーシェは頷くと、広場を王宮にむかって進み、石段を一つずつあがっていった。
二年前、ラスラは父ラミナスから剣を授けられ、この場所から戦場に向かった。
あの頃は、ラスラの無事と早く戦争が終わることだけを祈り、見送ることしかできなかった。
直後にラスラが亡くなり、悲嘆に暮れる中、父が和平協定を結ぶことを決断した時には、王家の力のなさをまざまざと感じ、痛苦を味わった。
父が暗殺されてからは、己の無力さ、屈辱感を噛み締め、耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ日々であった。
苦汁の日々が、いつの間にか目を曇らせ、恨みだけが自分の思考を支配していた。
しかし、仲間との旅をとおして出会った多くの人が、それぞれの苦しみや悲しみと向き合って、自分の生きる道を見つけ出していた。
―― 絶望の先にあるものを掴め。 ――
恨んでも何も変わらない・・・。
自分にとって大切なもの、民にとって大切なものが何なのか、やっと見えてきたのだ。
石段を一番上まで上り、振り返った。
「ダルマスカの民よ――!」
アーシェが言葉を発すると同時に、広場が静寂に包まれる。
「二年前、ダルマスカ王家は滅び、私たちが愛した彼の地はアルケイディア帝国に支配されてきました。しかし、それももう終わりです。ダルマスカは再び自由を取り戻すことができました。過去を水に流すことはきっとできないことでしょう。大切な家族、友人は還らぬ人となり、心に受けた傷が完全に癒されることもないでしょう。でも、我々ダルマスカ人は、その苦しみや悲しみを乗り越え、新しい未来を築く力を持っていると、私は確信しています。
今、この時より、――私たちは支配から解放され、本当に自由なのです!」
アーシェは深々と頭を下げると、顔をゆっくりとあげた。
広場中に歓声が沸きあがる。
その日は一晩中、ラバナスタ市中で祝賀の宴が催され、人々の興奮は朝まで続いた。
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