会談が終わる頃にはすっかり夕暮れとなっていた。
オンドール候の配慮で晩餐会が開かれることとなり、準備ができるまでの間、ゆっくりできる時間を持つことができた。
ヴァンとパンネロは、シュトラールの整備に行っている。
アーシェは、一人カフ空中テラスに向かった。
空は茜色になっており、黄昏時の心地よい風が髪を揺らす。
テラスの手すりに両腕を置き、夕陽を見つめながら、時の流れの速さに想いを馳せた。
(ここを出て行ったのが昨日のよう・・・。)
右も左もわからず、ただ闇雲に何とかしなければと焦り、暁の断片を取りに行こうとシュトラールに乗り込んだあの日。
一人であの難儀な飛空艇を操舵しようとは、何て無謀だったんだろう。
結果的に、私は‘誘拐’してもらい、旅を経て、再びこの地に帰ってきた。
でも、心が囚われたままだ――。
***
目に涙がうかんできたその時、背後から声をかけられた。
「殿下・・・。」
目頭をあわてて押さえて振り向くと、そこにはバッシュが立っていた。
「殿下にお話があるのですが・・・。」
真剣な面持ちでアーシェを見つめていた。
大方の予想はついているが、話を続けるよう頷きかえす。
「私は、ラーサー殿とともにアルケイディア帝国に赴こうと思っております。お許し願えませんでしょうか?」
意を決したように、バッシュは切り出した。
(やはり・・・。)
バハムートでの戦いで、ラーサーを守るため、その身を投げ出しヴェインに立ち向かっていった実弟ジャッジ・ガブラス。
彼の最期をシュトラールで看取っていた時の会話は、アーシェの耳にも届いていた。
―― 帝国は一枚岩ではない。頼む、ラーサー様を護ってくれ。 ―― ―― 心配するな、ガブラス。ダルマスカのためでもある。 ―― ―― それを聞いて安心した。 すまない・・・。兄さん・・・。 ――
ラーサーは、すばらしい経世家だが、アルケイディアの政治システムは複雑なものであり、ましてや、ソリドール家が弱体化した今、政争の激化は必至であろう。
「私は、いつまでも騎士の誓いを忘れません。この身は、ダルマスカの民のために・・・。」
「わかっています。ダルマスカの独立のためには、ラーサーの力が必要であることも。」
頭ではわかっている。
しかし、ラバナスタが陥落して以来、ウォースラ、バッシュ、そして旅路を共にしてきた仲間たちの力なくして、自分はここまで来ることはできなかった。
これから、一人で歩んでいくことができるだろうか。
その不安を察してか、バッシュが言葉を続けた。
「殿下・・・。僭越ではありますが、殿下は既に女王の道を歩み始めておられます。」
「バッシュ・・・。」
「リヴァイアサン艦で再会して以来、ずっとお傍に仕えてまいりましたが、今の殿下は王族の務めを理解しておみえです。今日の会談のご様子をうかがい、私は、自分の任務を一つ務め上げたと感じております。ダルマスカの民は、殿下を心から信頼し、愛しております。どうか民の笑顔と自由を殿下のお力でお導きください。」
「私に、できるのかしら・・・。」
「殿下は殿下であると同時に、ダルマスカ人でもあります。ダルマスカの民に必要なことは、ご自身が一番感じ取れるのではないですか?」
そうであった。
この戦いの日々で、アーシェは多くの人に触れ、そこから自分自身の答えを導きだしていった。
それは、これからも同じなのだ。
「ありがとう。ローゼンバーグ将軍。」
アーシェは笑みをたたえて答えた。
既に黄昏は宵となっており、二人はオンドール候邸へと足を向けた。
***
食事が終わった後、ヴァンやパンネロは部屋に戻ったが、アーシェは、そのまま席に残っていた。
オンドール候が人払いをすると、ラーサーが切り出した。
「アーシェ殿下にうかがっておきたいことがございます。ローゼンバーグ将軍のことです。彼から、ジャッジ・ガブラスとして、我がアルケイディア帝国に随行したいという話がありました。あなたはご存知ですか?」
「ええ、さきほど聞きました。」
やや驚いた表情を見せながら、ラーサーは続けた。
「ローゼンバーグ将軍は、あなたの腹心。さらにはダルマスカの英雄だった方だ。もし、このままアルケイディアに私と一緒に行ってしまったら、彼の名誉を回復する機会がなくなってしまうのですよ?」
バッシュは、いまだに亡きラミナス国王を暗殺し、大逆罪により殺害されたことになっている。
本来なら、この戦争を終結に導いた大英雄であるのに、このままでは、名誉を失墜させたままとなってしまう。
ラーサーは、こうした不名誉をそのままにしておくことができない性質であるため、アーシェに相談を持ちかけたのであった。
また、死刑となったと発表したのは、オンドール候でもあったため、あえて皆の前で話を切り出したのである。
「ラーサー殿。ご配慮に感謝申し上げます。しかし、人々を戦乱から守り、国を護ることこそが騎士の本分。名誉を回復することが、その本分を妨げるのであれば、意味はありません。」
バッシュは、きっぱりと言い放った。
「ラーサー殿のお心づかいには、私自身、とてもありがたいと思っております。」
アーシェが言葉を続けた。
「確かに、バッシュは、私にとって大切な腹心です。この度の働きは、英雄にふさわしいものであり、本当ならダルマスカの民にも真実を知ってもらいたいとも思います。しかし、真実を告げることで、アルケイディア帝国とダルマスカ王国の間には消えない痼りが残ることでしょう。それに、公安総局の最重鎮であったジャッジ・ガブラスの不在は、あなた自身にとっても、今後における大きな痛手・・・。バッシュは、単に弟の遺志を継ぎたいだけではなく、イヴァリースの安寧を考えて決断しています。そうであれば、私には、それを止めることはできません。」
イヴァリースの現状を考えれば、それが最も適切な選択肢であることは明白であった。
ラーサーは、深く頷き、バッシュに向き直る。
「ローゼンバーグ将軍、よろしいのですね。」
「はい。私は、ノア・ガブラスとして、貴方にお仕えさせていただきます。」
オンドール候が立ちあがり、話をとった。
「解放軍にせよ、アルケイディア軍にせよ、一部の者はローゼンバーグ将軍の生存を知っております。彼らには緘口令をしくことでよろしいですな?」
全員が承諾し、バッシュの生存は、ごく一部の人間のみが知ることとなった。
***
翌日、アルシドは早々にロザリア帝国に発った。
同時に、ビュエルバの飛空艇ターミナルに到着したアルケイディア軍の小規模艦隊から、複数名のジャッジがオンドール候邸に向かっていた。
その頃、オンドール候邸では、アーシェやラーサー、バッシュ、ヴァン、パンネロが別れを惜しみ、サロンに集まっていた。
「ラーサー様もバッシュ小父様もこれから大変なお役目につかれるんですよね。」
ジャッジの鎧に身を包んだバッシュを見上げながら、パンネロはつぶやいた。
「パンネロさん・・・。心配してくださるんですね。」
「お二人には、もうお会いできることもないのでしょうか?」
パンネロは、やや沈んだ様子でラーサーに顔をむけた。
「よろしければ、手紙をください。こうして出会えたのも私たちの縁ですから。」
「本当ですか!では、きっと書きますね。」
パンネロは顔をほころばせて答えた。
「ラーサー!飛空艇手に入れたら必ず遊びに行くからな!」
ヴァンも屈託ない笑顔で言った。
その時、ドアがノックされ、一人のジャッジがサロンに入ってきた。
***
「ラーサー様!ガブラス卿!お迎えにあがりました。」
「ジャッジ・ハウゼン。よく来てくれました。アーシェ殿下、少しよろしいですか?」
アーシェはラーサーに呼ばれ、ジャッジ・ハウゼンに近づいた。
どこかで見たことがある風貌である。
「アーシェ殿下でいらっしゃいますね!ガリフの地で一度お目通り頂いております!」
(そういえば・・・。)
破魔石の謎を解くためにガリフの地ジャハラを訪れた際、ラーサーと共にいたジャッジである。
「アーシェ殿下。この者は、ずっと私の側近であった者です。この戦争の事情もよく理解し、何より優秀なジャッジです。今後、ダルマスカ内政を整える上で、彼を用いてやって頂けませんか?」
ラバナスタには、当分帝国兵も残るし、信頼できる腹心が必要であろうと考えたラーサーが、自分の直属の部下から選んだのがハウゼンであった。
「ラーサー様より、ご指示を頂いております。ラバナスタの安定に向け、お仕えさせて頂きたく存じます!」
実直そうなタイプのハウゼンは、いかにも忠義を尽くすタイプであり、好感を持てた。
また、バッシュがアルケイディア帝国に行くことを鑑み、ラーサーが人材を割いてくれたという配慮もありがたかった。
「ありがとう。ジャッジ・ハウゼン。ダルマスカのために務めを果たしてくれますか?」
「はっ!」
ジャッジ・ハウゼンは、鎧の音を立てながら軍礼した。
「では、アーシェ殿下。私は、ジャッジ・ガブラス、ジャッジ・ハウゼンとともにアルケイディア本国に向かいます。到着次第、ハウゼンをラバナスタに向かわせますのでよろしくお願いします。」
「わかりました。ラーサー殿、お元気で。」
「はい。皆さんとまたお会いできることを楽しみにしています。では、失礼。」
ラーサーは礼をすると、ハウゼンを伴ってサロンを出て行った。
バッシュは扉の前で立ち止まり、振り返って、三人を見渡した。
「ヴァン、パンネロ。一人ひとりが殿下を支えていってくれ。そして、殿下・・・。私はいつまでもダルマスカのことを想っております・・・。」
「ありがとう、バッシュ・・、いえ、ジャッジ・ガブラス。貴方もどうか元気で。」
「ラバナスタは俺たちが守るから安心しろ!」
「小父様、お元気で!」
バッシュは深々と礼をし、兜を身につけると、ラーサーの後を追っていった。
***
「アーシェはこれからどうするんだ?」
ヴァンは両腕を頭の後ろで組み、まるで遊びの計画を聞くような口ぶりで尋ねた。
「私は、解放軍と共にラバナスタに向かうわ。きちんと声明を発表して、解放軍を解散しないといけないし・・・。ヴァンたちはどうするの?」
「俺たちも、ラバナスタに戻らないと。仲間も心配してるだろうし・・・。シュトラールのメンテナンスもしてかなくちゃいけないから、結構忙しくなるだろうな。」
「ラバナスタには、ノノさんの兄弟もいるから、シュトラールを預かるのにちょうどいいと思うんですよ。でも、倉庫代も稼がなくちゃならないから、頑張らないとね!」
ヴァンもパンネロも、バルフレアとフランが帰ってくることを信じて疑わない口ぶりであった。
「では、二人とも、ここでお別れというわけね・・・。」
「そんな顔すんなって。ラバナスタにいるんだし、また会えるさ!」
「ヴァン!アーシェ様は王女様なんだから、そんなに気軽に会えるわけないじゃないの!」
「そうか?」
この二人のこうしたやり取りを聞くのも最後である。
最初の頃はうんざりしたものだが、この明るさにアーシェは救われ、和まされていったのだった。
くすくすと笑いながら、二人を見ていると、ヴァンが急に真面目な顔をしてアーシェの顔を見つめた。
「アーシェ・・・。」
「何?あらたまって?」
「俺たちは、ずっと一緒に戦ってきた。離れたって、それは変わらない。」
「・・・。」
「だから、これからも一緒だ。」
パンネロも、少しためらった後、口を開いた。
「アーシェ様、これからすごく大変なんだと思うんです・・・。私たち、何もできないかもしれないけど、でも、何かお役に立てることがあれば、声をかけてください!」
二人が、真剣な気持ちで自分のことを心配してくれるのが、アーシェにも痛いほど伝わってきた。
育ってきた環境も異なり、抱えるものが違うと心の中で距離をとっていたこともあった。
しかし、ずっと一緒に困難を潜り抜け、仲間としての信頼関係をつくってきて、我がことのように自分のことを考えてくれている。
胸が熱くなるのを感じながら、アーシェは、笑って答えた。
「ありがとう。そうね、離れていても、私たちは一緒ね・・・。」
***
ヴァンたちもビュエルバを飛び立っていった。
扉がノックされ、オンドール候が姿をみせた。
「では、殿下。ラバナスタに参りましょう。」
「わかりました。」
いよいよラバナスタへ戻れる。
我が都へ。
|