FLY ME TO THE SKY

  第20章 証
 


 レムレースから戻って三週間が過ぎた。


 ―― 陛下!こんなに長く不在にして! ――


 ファルツ公から、散々、不平不満を言われたあげく、連日の政務続きで毎日があっという間に過ぎていった。


 ***


〜 三週間前 〜

 シュトラールは、ラバナスタの飛空艇ターミナルに到着した。
 ヴァン達とアーシェを降ろすためだ。


 「バルフレア、フラン、またな!」
 「ラーサー様、お元気で。」
 皆、名残惜しげに皆に挨拶をしながら、タラップを降りていく。

 アーシェは、ラーサーとバッシュに丁寧に挨拶をし、フランにも別れを告げた。
 しかし、バルフレアとは軽く目を合わせたのみで、すぐに降りてしまった。
 

 離陸するシュトラールにヴァン達が銘々に手を振る中、アーシェはターミナル入り口にナーエが迎えに来ていることに気づいた。
 シュトラールを見送ると、少年達はアーシェに別れを告げ、声を立てて笑いながらラバナスタの街に消えていった。
 残されたアーシェは、ナーエと共に王宮に向かった。


 陽が暮れかかる中、アーシェは何も言わずに歩き続けていた。
 ナーエは、アーシェの様子から、薄々何があったか察したが、敢えて水を向けた。


 「陛下。‘忘れえぬもの’は、ありましたか。」


 アーシェは、一瞬、身を震わせるとその場に立ち止まった。
 「ええ・・。」
 夕陽に照らされ長く伸びたアーシェの影が震えていた。
 「ナーエ。私は・・・、置いてきた私の‘心’を取り返してきたわ・・・。」
 声が少しずつ擦れていった。
 「でも、私・・・。もう、忘れなければ・・・・・・。」
 消え入るような声で話すアーシェに、ナーエはそっと近寄り、彼女の肩を抱く。
 「ナーエ・・・、私、わたし・・・!」
 アーシェは、大粒の涙を流し始めた。
 声を殺そうにも、嗚咽が漏れる。
 「いいんですよ、陛下。」
 ナーエは、アーシェの髪をなで続けた。


 ***


 「陛下、アルケイディアから親書が届きましたぞ。」


 昼食もろくにとらずに、アーシェが机で文書処理をしていると、ファルツが、茶の革袋に包まれ、蝋で封緘された親書を手に執務室に入ってきた。
 蝋にはアルケイディア帝国皇帝印が記されており、皇帝陛下からの直筆文書の証であることがわかった。
 こうした文書は、アーシェのみしか開封できず、公文書としても最重要文書として扱われるものである。
 
 (何か、あったのかしら?)

 少し心配しながら封をきって、中に目を通した。




 
 親愛なるアーシェ陛下


 兼ねてより、開発していた新型戦闘機の試作品ですが、貴国での活用も検討頂きたく、×月×日に入港させますので、ご配意ください。
 なお、確認につきましては、できましたら陛下自身で行って頂きますよう、お願いいたします。

 この件につきましては、私の管轄において行うものとし、ガブラス卿の管理下といたします。


 ラーサー=ファルナス=ソリドール

 




 (ラーサーの直轄で、派遣されるとは、ただ事ではない・・・。しかも、今日とは、急な事・・・。)


 アーシェの不安が顔に表れたのか、ファルツが心配そうな顔でこちらを見る。
 「陛下、何事かございましたか?」
 確認してから、話しても遅くないだろうと思ったアーシェは、笑って誤魔化した。
 「いえ、何やら特別な戦闘機を送るから、私自身で確認してほしいとの内容でした。ここしばらく私も外に出ていないし、一人で行ってみます。いいでしょう?」


 アーシェが、ここしばらく執務室に篭もりきりであったことは、ファルツもずっと懸念していたところであったので、渡りに船であった。
 「いいですとも。ゆっくりお出かけください。」
 珍しく、外出に快諾するファルツを後にし、アーシェは支度をすると、飛空艇ターミナルに向かった。


 ***


 ターミナルに着いたのは午後も遅い時間であった。


 ターミナルに入り、王宮関係者専用入り口から倉庫に向かう。
 待合スペースには、バッシュが座って待ちわびていた。


 「バッシュ!何かあったのですか?」
 人目がないこともあり、アーシェは慌てた様子で尋ねた。
 「陛下。親書はお読み頂けましたか?」
 「ええ、読みました。戦闘機を送ると・・・。なぜ、今、戦闘機が?まさか、また戦乱の可能性が?」


 顔色を悪くしているアーシェを見ながら、バッシュは微笑んだ。
 「いえ、陛下。文書の内容どおりですよ。ラーサー陛下の直轄下の戦闘機と乗組員をダルマスカに来訪させて頂きたく、親書を送らせて頂きました。」
 「それは、一向に構いませんが・・・。事情を説明して、バッシュ。」


 バッシュは、背後で説明を求めるアーシェを後に、倉庫の入り口へ向かっていった。
 アーシェは、急ぎ、後をつけた。

 バッシュが倉庫の扉を開けると、群青色の長めのウプランドに身を包んだ黒髪の男性が戦闘機の前で立っていた。


 (シュトラール?)


 色、形があまりにも似ているので驚いた。
 そういえば、シュトラールは試作戦闘機であったと聞いたことがあるが・・・。


 アーシェが、思わず戦闘機に歩みを向けると、男性が近づいてきた。



 「あなたは!」

 肩まで伸ばしたストレートの黒髪に、眼鏡の奥に覗かせたブルーの瞳・・・。
 アルケイディスで出会った、あの失礼な男!


 「陛下、再びお目通りがかなって、光栄の至り−。」

 「あなた、よくも、おめおめと私の前に!」
 アーシェが片手をあげようとすると、彼の左手で手を掴まれた。

 「女王様は、相変わらず、つれないな。」
 
 (その台詞、その言い方・・・。)


 アーシェの動きが一瞬止まった。

 「おいおい、そんなに気づいてもらえないとは、心外だな。」
 そう言って、男性は右手で髪をつかみ、眼鏡をとった。

 ストレートの髪の下から現れた亜麻色の髪・・・。


 「バルフレア・・・?」
 瞳の色が、全然違う・・・?


 「ああ、これか?」
 バルフレアは気がついたように、自分の目を指差した。
 「これは角膜保護レンズに色をつけたものだ。髪と目だけで、結構、正体がばれないんでね。有名人のつらいところさ。」


 ***


〜 三週間前 〜

 シュトラールは、皇帝宮に停艇していた。


 「それで、バルフレアさんが私に求める謝礼とはいったいどんなものなんですか?」
 ラーサーは、執務室の席に座ると、バルフレアに声をかけた。


 「皇帝陛下直筆の公文書が欲しい。」
 「公文書ですか。」
 「ああ、『この人は、自分の直轄下の人間だから、皇帝の名のもと、その身分を保証する』って内容のものだ。」
 「私が、首に賞金のかかった人間に、そんな公文書を出すとでも?」
 「だから、言っただろう。イヴァリースを救った‘謝礼’だってな。」

 
 ラーサーは、右手を口に掲げ、少し考えた後、口を開いた。
 「いいでしょう。私の直轄扱いにしますので、決済は上級クラスのジャッジ・マスターだけ・・・。すなわち、ジャッジ・ザルガバースとジャッジ・ガブラスの二名で事足ります。」
 そう言うと、早速、執務室の引き出しから羊皮紙を取り出した。

 「話が早くて助かるね。」
 「いえ、イヴァリースを救った英雄にはこれぐらい当然です。但し・・・。」
 ラーサーは手をとめると、バルフレアに目を向けた。
 「私が書く公文書は、記載内容の記録が必要です。私も偽名を書くことはできません。あなたの本名を書くことになりますが、いいのですか?」


 アルケイディア皇帝が、市民に関する特別証書を出すことはできても、偽名では記載ができない・・・。
 それでも、構わないのか、とラーサーは尋ねたのだ。


 「ああ、構わないさ。」
 バルフレアは、さらりと答えた。
 「捨てた名だろうが、今の名だろうが関係ない。俺は俺だからな。」
 「わかりました。では、すぐに書きましょう。」




 
 
下記の者について、ソリドール家直轄の機工士として、その身分を保証するものとする。

   名  ファムラン=ミド=ブナンザ


 前バレンティア七〇七年×月×日

   ラーサー=ファルナス=ソリドール
 




 さらさらと文書を書き上げ、サインをした。


 ソリドール家の蝋印が入った文書を持つだけで、アルケイディア帝国内なら、あらゆる場所への立ち入りが完全に自由となる。
 それほど貴重な文書なのだ。


 革に羊皮紙を貼り付け、蝋で四隅に皇帝印を記す。
 革を巻き上げるとバルフレアに渡した。

 「どうぞ。」
 ラーサーは文書を手渡すと笑みを浮かべた。


 「それを持って、ダルマスカ王宮に‘入り口’から入っていく気ですね?」
 「なぜ、そう思う?」
 「それが、アーシェさんのためだから・・・。」


 ――ラーサーの戴冠式にアーシェが来たあの日。
 バルコニーで話し込んでいるアーシェの隣にいた男性・・・。 

 姿かたちは普通の紳士であったが、遠目で見たアーシェの表情から、何やら唯の男性ではなさそうな気がしていた。
 同時期に、警備を強化したドラクロア研究所から盗まれたドクター・シドの記録文書・・・。
 後日、生存が確認されたバルフレア・・・。
 全て彼の仕業だったに違いないとラーサーは考えていた。


 (危険を冒してでも、彼女に会いに来ずにはいられなかったんですね・・・。)


 確かに、王宮に忍び込むことは、この空賊にとってたやすいことだろう。
 だが、会いに来られた女王に迷惑がかかる可能性は否めない。
 彼女に会いに行くなら公人として出向くのが一番確かな方法である。
 しかし、アルケイディアで、表舞台に出ることを望まないバルフレアであれば、限られた人物だけが手にする公的証書――すなわち女王への直接面会権に匹敵する自分の直筆の証明書を求めるだろう、とラーサーは推察したのだ。


 バルフレアは肩を竦め、ラーサーに向き直った。
 「ああ、その通りだ。でも、お前もなぜあっさりと文書を書いた?」
 「それは、英雄へのお礼だと言ったじゃありませんか。」
 バルフレアは首を振った。
 「いや、違う。俺がこの文書を使うことで、俺の動きはお前に筒抜けになる。大方、俺の動きを情報収集の一環にでもするつもりだろう。しかも、元老院ですらわからない皇帝直轄の情報源になるわけだからな。持ちつ持たれつ、ってやつだ。」
 「・・・。」
 「俺も、アルケイディスには随分長くいたんだ。ダルマスカ人のように単純に操れると思うなよ?」
 「ふふっ、参りましたね。まあ、お互いのため、ということで。」
 「その方が、わかりやすい。じゃあな。」
 バルフレアは、さっさと部屋を出て行った。



 ***



 「ガブラス卿、これを持って、貴方もダルマスカに飛んでください。」
 そう言って、ラーサーは二通の文書を引き出しから取り出した。


 「陛下。これは・・・。」
 「ええ、これは、私からバルフレアさんへの本当のお礼ですよ。後の手配は貴方に任せます。」
 「承りました。」


 文書の一つは、アーシェ宛の親書。
 そして、もうひとつは、シュトラールという飛空艇そのものが皇帝直轄だと書かれたものであった。
 これでは、たとえ帝国軍が空賊艇としてシュトラールを捕らえたとしても、迂闊に手出しはできなくなる。


 (ノア、お前の主人は底が計り知れないぞ?)


 バッシュは苦笑し、執務室を出て行った。



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