FLY ME TO THE SKY

 第2章 和平会議
 

 

 
事情をどこまで説明するか、悩むところではあった。
 今回の戦争の背景にオキューリアの存在と、ヴェインやドクター・シドの独断専行があった形を示さなければ、各国の和平協議は難しいであろう。
 しかし、事細かに説明しすぎても、関係をこじらす可能性がある・・・。


 ***

 
 
せっかく用意された朝食にも殆ど手をつけず、アーシェは執務室に向かうため、部屋の扉を開けた。
 すると、廊下の向こうから、パンネロがヴァンを伴って駆け寄ってくる。


「おはよう。どうしたの?」
 声をかけると、パンネロは慎重な面持ちで、口を開いた。

 「アーシェ様、私たち本当にご一緒していいんでしょうか?」


 執務室に集まる面々が、それぞれの国を担う立場であるのに対し、自分とヴァンは単なる孤児である。
 そんな自分たちが、会談の場にいていいのだろうかと心配しているようであった。


 「いいえ、むしろ一緒にいてちょうだい。」

 アーシェは笑みを浮かべて言った。

 「みんながいたおかげで、ラバナスタを守ることができたのよ。それに、戦争の背景にあった事実を知っているのは私たちしかいないわ。真実を伝えていける者として、一緒に来てほしいの。」


 「アーシェ、何か変わったな。」

 ヴァンがぼそりと呟くのを、パンネロが肘でこづく。

 「アーシェ様、私たち、心配していたんです。あの・・、その・・・。」

 皆までは言わなかったが、シュトラールでの悲嘆に暮れた様子を見ていたパンネロは、再び大切なものを失ってしまった王女のことを殊更心配していたのである。


 「そうね。元気とは言えないけれど、私たちにはダルマスカのためにやらなければならないことがあるし・・・。では、行きましょうか。」


***
 

執務室の扉を開けると、すでに皆が集まっていた。


「姫、少しはお休みになれましたか?」
 アルシドが手をあげる。
 恐らく徹夜続きの工作活動で疲労しているはずなのに、相変わらず飄々とした態度である。


「ええ、ありがとう。」
 アーシェは空いている席に座った。
 横にヴァンとパンネロが並ぶ。


 「ラーサーこそ、少しは休めましたか?」

 向かいの席にバッシュと並んで座るラーサーに声をかけた。


 「ありがとうございます。多少、疲労感はありますが、朝食も頂きましたし、大丈夫です。」

 ラーサーは張りのある声で答え、笑顔を見せた。


 「では、早速だが、経緯を教えて頂けないかな?」

 オンドール候の言葉を受け、アーシェは説明を始めた。


 ***
 

イヴァリースを統一したレイスウォール王が用いた神授の破魔石は、実はオキューリアという種族がもたらしたものだったこと。
 彼らはヤクト・ディフォールの奥地にある‘幻妖の森’の更に奥にある謎の遺跡‘ギルヴェガン’に今も生息し、破魔石を使ってイヴァリースの歴史を導こうとしていたこと。
 ヴェインとドクター・シドはこれを打ち破り新たな歴史の創始者になろうと企てていたこと。
 神授の破魔石の力の源である‘天陽の繭’を砕いたこと。
 無量のミストの放出を食い止めたが一部が漏れバハムートが起動してしまったこと・・・。


レダスやバルフレアが、なぜこの件に深く関わったか、その理由は伝えなかった。
 また、人造破魔石が人体にどのような影響を与えるのかも――。

 大戦回避の功労者たちが皮肉にも事件の発端に関わる人物であることや、兵器である人工破魔石の情報を全て開示することは、協議を横道に逸らす可能性があると考えたからである。


 ***

 

「経過はわかりました。しかし、この戦争により、イヴァリース全土に犠牲者が出たことには変わりありません。また、そもそも、ロザリア帝国とアルケイディア帝国の覇権争いが発端ではありませんかな、ラーサー殿?」

 「候のおっしゃることはわかります。そのために、こうして戦後処理について皆さんと協議しているのではありませんか。」

「大国に挟まれた小国が、過去にどのようにして争いに巻き込まれることを避けてきたか・・・。わからないわけではございませんな?」

 「それは・・・。」


 ビュエルバは主要産業である魔石輸出において、かなりの便宜をアルケイディア帝国に図ってきた歴史がある。
 特に、ソリドール家が皇帝に即位し、公安総局が設立されてからは、ビュエルバへの外交圧力は強くなり、オンドール家は中立の立場を維持するために苦慮してきた。
 これを機会に、大国アルケイディア帝国に対する立場を強め、自治権を強めておきたいというのがオンドール候の狙いなのである。


 「しかし、オンドール候。あなたは、姫がドラクロア研究所に向かい破魔石を奪還すべく暗躍されていることを知り、かつバーフォンハイムのレダス氏を動かしましたね?」


 アルシドがゆったりとした口調で話しながら、オンドール候に視線を向ける。
 
 「それが何か?」

 「破魔石を取引のカードにしようとしたのではないですか?」
 「・・・。」

 「レダス氏が破魔石を奪えば、それを切り札にヴェインと交渉。元々の戦力から見ても解放軍は不利だった。しかし、ヴェインが求めてやまない破魔石を自国に保有することで、或いは再び引き渡すことで、ビュエルバの完全独立を図っていたとか・・・。」

 「・・・。」

 「あなたが、各地の反帝国勢力をまとめて解放軍を組織しはじめたのは、ロザリアが開戦準備を本格化した時期と同時。いざとなれば、大義名分を求めていたロザリア大本営にその責任を取らせることも可能な情勢にもなった。すなわち、二大国の軍部の隙間を縫って、本来の目的は自治権の拡大・・・、そうも受け取れなくもないですがねえ?もっとも姫の話によれば、ヴェインは破魔石にはもはや興味はなかったようですが−。」
 
 アルシドは軽い口ぶりながらも、その目はオンドール候を射すくめていた。
 
 「確かに、貴公がおっしゃるとおり、破魔石の入手を図っていた。しかし、それはアルケイディア帝国の侵略を防ぐことが目的であって、それ以上のものではない。あくまで大戦を防ぐことが狙いであったのに、ロザリア軍の先制により、ダルマスカ戦が開始されてしまった!」

 「マルガラス家は、大戦阻止のために、大本営を抑える手段を講じていたところであった。なぜ、現王朝であるマルガラス家との協議を抜きに、義勇軍を受け入れたのです?」


 オンドール候とアルシドの間にやや不穏な空気が流れる中、アーシェが口火をきった。
 
 「経過を踏まえれば、二大国間の争いが発端であるとは思いますが、各国の内情が不安定になりつつある今、引責問題に焦点をあてるのは得策とは思えません。最も被害を受けたのは、消失してしまったナブラディア王国。そして、今アルケイディア属領となってしまった我がダルマスカ王国。更に言えば、神都ブルオミシェイスの大僧正の不在・・・。戦火により大きな被害を受けた彼の地の民に対する政策を検討する必要があるのではありませんか?」
 
 「そうだ!俺たちは自分たちの街を守るために戦ってきたんだ!」 
 「よしなって!ヴァン!」 
 ラバナスタ市民であり、今回の戦争終結の立役者である彼らの発言は、今、為政者側に何が求められているのか皆に思い出させるに十分であった。


 ***


 「確かに、アーシェさん、ヴァンさんの言うとおりです。我がアルケイディア帝国とロザリア帝国、ビュエルバ間のあり方については、今後協議を重ねる必要があります。しかし、目下重要となるのはダルマスカをどうするかでしょう。」

 「ラーサー殿はどのようにお考えなのですか?」

 「私は、兄ヴェインの戦死により、臨時独裁官の任についています。私自身の権限により、ダルマスカ王国の復興にむけた準備に入りたいと思います。」


 「準備!?・・・」

 アーシェの瞳孔が一瞬大きく開いた。


 (元々ダルマスカ王家が守っていた地を解放するのに何の時間が必要なの!?)


 やや高ぶった感情を抑え、一呼吸おきアーシェはラーサーに尋ねた。

 「準備とはどういったことをお考えでしょうか?」


 「三つの側面があります。一つは、我がアルケイディア帝国内の総意をまとめあげること。今は、私が臨時独裁官ではありますが、まだ議会や元老院への説明等も行っていません。帝国内の意見が分かれた状態で事を進めることは内政の分裂につながります。私は帝国を守る立場ですから、強硬に事を進めるつもりはありません。二つ目には、ダルマスカ国内の内情からです。ダルマスカ騎士団が先の大戦で殆ど失われています。確かに、帝国兵の評判はまちまちですが、今、帝国兵を完全に撤退すれば、治安の悪化は避けられません。行政部も、帝国の人間が任についていますが、こちらも十分な引継ぎなしに変更すれば、市民生活に大きな混乱が生じるでしょう。そして、三つ目は・・・、アーシェ殿下、あなたのことです。」


 急に「殿下」と呼ばれ、どきりとしながら、アーシェは次の言葉を待った。


 「アーシェ殿下。『あなたは何者ですか』?」


 同じ言葉を、バハムートで聞かれた。
 そう、ヴェイン・ソリドールに・・・。


 彼は、国の指導者として彼女がどういう意識をもっているのか尋ねてきたのだが、アーシェはそれに対し、『ただ自由でありたい』と答え、彼を怒らせたのだった。
 アーシェの意図は、これからふさわしい役割を自分自身で考えていくつもりだ、という意味だったのだが、ヴェインは『そんな女に国は背負えん』と言い放ったのであった。


 「私は、ダルマスカ王家のものとして、私自身がなすべき役割を考えていきたいと思っていますし、王家にふさわしいものでありたいと願っています。」


 アーシェの答えに対し、ラーサーは笑みを浮かべた。


 「そのためには、あなたにふさわしい‘役割’を検討する時間が必要なのではないですか?」


 これまで、君主としての立場で政策研究をしてこなかった自分に対し、時間をかけて納得できる体制をつくってはどうか、とラーサーは投げかけてきたのである。



 (人は年齢で判断すべきものではないわね。)

 アーシェは、ラーサーの為政者としての能力に感嘆していた。


 「わかりました。確かに、ここにご出席してくださっている皆さんがご心配されているとおり、私自身、学ぶことがまだまだ多いところです。当面はラーサー殿と共同統治という形をとるということで、いかがでしょうか?」

 「殿下がそれでよろしければ、私には異はありません。」

 「期待しておりますよ。」


 ***


 その後も話し合いを続け、ダルマスカ王政は主権を回復するものの、体制に関してはまず半年を目処に草案を作り上げること、当面必要となる経済的支援(修繕等)はアルケイディア帝国が補償することとした。
 また、神都ブルオミシェイスについては、広い意味での戦乱の影響であることから、ロザリア帝国とアルケイディア帝国が支援方法を検討し、継続協議する方向で落ち着いた。
 なお、旧ナブラディア王国の管理権限の返還については、アーシェの辞退により、引き続き帝国保護領としてとどめ置かれることとなった。


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