シュトラールは、高度を下げながらイヴァリースへ向かっていた。
ヴァンやトマジらは、ようやくダルマスカに帰れる、とシュトラール内のキャビンで大騒ぎをしていた。
現在の高度は、通常の航路よりずっと高い位置にある。
近頃は、空賊もこの高度まであがってこない。
(しばらく会えなくなるだろうし、顔でも出してくるか・・・)
バルフレアは、シュトラールを自動操縦に切り替えると、操縦室を出た。
キャビンに向かおうと、階段口を出ると、アーシェが一人で歩いてくるのを見つけた。
(あいつ、どこに行く気だ?)
扉の影に隠れて様子を見ていると、操縦室に入っていった。
(つぎからつぎへと・・・。何をする気やら。)
***
そっと、操縦室に入ると、アーシェは操縦席のあたりでキョロキョロしていた。
思わず苦笑し、バルフレアは変声機を手に取った。
「触ってはいけませんぞ、陛下。」
オンドール候の声で、声をかける。
アーシェの驚いた様子を見て、つい笑ってしまった。
「――なんてな。アーシェは、何度でも同じ手にひっかかるな。」
カチリとスイッチを押し、口を開く。
「 『・・・残念ですが再会の喜びを語り合う時間はありません。』 」
アーシェの声で、彼女の台詞を真似ると、変声機を置き、近づいた。
彼女の前に立ち、腕を組んで見下ろす。
「久しぶりに会ったのに、つれない言い方だったな。」
「それは・・・。私は女王として、ここまで来たのであって、それ以外のことは言う必要もなかったし・・・。」
うつむきながら答えるアーシェを見て、バルフレアは笑った。
(ダルマスカの人間は、ちょっとした物言いに素直に反応する。真面目で、お人よしの集まりだ・・・。)
「気にしちゃいない。アーシェがああいう台詞を言う時には、大概思いつめているときだ。」
「そうですか?」
「ああ。でも、そこがあんたのいいところだ。」
***
アーシェはほっとしたような顔をすると、辺りを見渡した。
「ところで、ここ誰もいないのに、大丈夫ですか?操縦は、どうするの?」
「今は、高度が高いところなんで、自動操縦の状態にしている。他に飛空艇なんていないしな。動きがなく、少し休みたいときは、自動にするのさ。さすがに、俺も四六時中操縦し続けるのは、身体にきつい。こういう機能があると便利でね。」
ふと、ビュエルバで、操縦席のスイッチをあちこち触るアーシェを思い出した。
「でも、アーシェ、何も知らない素人に動かされたら、さすがのシュトラールも墜落だ。」
嫌味を言うと、思いのほかアーシェは神妙な顔をした。
「あの時は、ごめんなさい・・・。」
「やけに殊勝じゃないか。いつも、それだけ素直ならこっちも楽なんだがな。」
***
少し間をおいて、アーシェが口を開いた。
「あの・・・。」
「ん?」
「指輪、どうもありがとう。」
ヴァンたちに預けたラスラの結婚指輪のことか――。
そういえば、再会したときから、彼女の左手には何もつけられていなかったから、思い出しもしなかった。
「いや――。そのうち返すと言っただろう?」
「なぜ、返したの?代わりの報酬なんて何もあげてないじゃない。」
アーシェは真正面から見つめてきた。
( 『放っておけなかったから一緒にいた』、『指輪がお前を苦しめていたから取り上げた』・・・、
なんて言えるわけないだろう? )
自分の心の底を覗かれているような気がして、バルフレアは視線を逸らした。
「俺は、破魔石の謎を解きたくなった。そして、謎が無事解けた。それが、旅の報酬だ。」
でまかせだ。
「それだけ?」
「ああ。」
そんなわけはない。
でも、それ以外、言う台詞が見つからない。
アーシェは何やら妙な表情をして背を向けると、操縦席の脇に立った。
「一年前の私は、名ばかりの王女だった。王家の者としてのプライドばかりが高くて、そのくせ何にもできなくて・・・。でも、皆と旅をして、世の中のことや他人の気持ち、色々なことを学び、感じることができた。そして、皆がいてくれたからこそ、バハムートまで乗り込めたんだと思う。だけど・・・。」
一呼吸おいて、彼女は口を開いた。
「だけど、何よりもあなたの存在が私を支えてくれた。」
彼女は、背を向けている。
でも、伸ばした背筋や凛とした声から、彼女の熱さが空気をとおして伝わってくる。
一瞬、自分の心音が乱れるのを感じた。
鼻の奥が痛くなり、息苦しさを感じたかと思うと、急に首筋から全身に熱が広がる。
今まで、山ほど女と出会い、口説き口説かれ、抱いては別れを繰り返してきた。
情が移った女も幾人かはいた。
でも、俺の心に向き合ってくるような女はいなかった。
いや、そうさせないように、俺自身がどこかで線を引いていたのかもしれない・・・。
今、気づいた。
アーシェに惹かれたのは、良くも悪くも、彼女が純粋だったからだ。
駆け引きなんか関係ない。
砂漠の太陽のように――その全身を貫きとおす熱さで、いつでも真っ直ぐ向かうところが・・・。
――俺は、こいつに惚れている。
「この一年間、あなたに言われた言葉や想い出を支えに、私なりに頑張ってきた。あなたが守ってくれたものを、私なりに守りたかった。そうすることで、あなたの想いに応えられるのかもしれない、って・・・。」
アーシェの肩は微かに震え、声が徐々に擦れていった。
「――でも、私が、勝手に思い込みをしていたのかもしれないわね・・・。」
「アーシェ、俺は――。」
バルフレアが口を開きかけると、アーシェが、目の前に近づいた。
右手で頬をなでられ、じっと瞳を覗き込まれる。
「――さよなら。・・・ずっと愛してた。」
唇に軽く彼女の口が触れた。
ほんの一瞬なのに、時間が止まったようであった。
***
アーシェは、唇を離すと、そのまま操縦室を出て行った。
バルフレアは、出て行く彼女に声をかけることができなかった。
(アーシェ・・・。
お前は、俺が守ってきた心の鎧でさえも、全て溶かしてしまうから――。
だから、近づけなかっただけなんだ。)
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