FLY ME TO THE SKY

  第18章−1 Kiss Me Good-bye 〜 Side A 〜
 


 シュトラールは、高度を下げながらイヴァリースへ向かっていた。


 ヴァンやトマジらは、ようやくダルマスカに帰れる、とシュトラール内のキャビンで大騒ぎをしていた。
 アーシェは、そんな彼らを眩しそうな目で見つめた。


 ダルマスカに戻れば、再び政務の毎日である。
 飛空艇に乗って戦う日々は辛いことも多いが、一日毎の充実感が異なる。
 不安定さの中に、日々、生きがいを見つけていく空賊の暮らしにアーシェも慣れつつあったため、少し寂しさを感じていた。


 (このまま、帰ってしまっていいのだろうか・・・。)


 ―― ‘忘れえぬもの’に、向き合ってくるのですよ、陛下 ――

 そう言って、自分を送り出してくれたナーエの言葉が脳裏をよぎる。


 (今、何も言わずに帰ってしまったら、きっと後悔してしまう。)


 アーシェは、意を決するとキャビンを出て、操縦室に向かった。


 ***


 操縦室に入り、操縦席を見ると誰もいなかった。
 どうして誰もいないのだろう、と不思議に思い、あたりを見渡した。


 「触ってはいけませんぞ、陛下。」


 オンドールのおじさま?


 驚いて、後ろを振り向くと、変声機を持って笑うバルフレアが立っていた。


 「――なんてな。アーシェは、何度でも同じ手にひっかかるな。」
 カチリとスイッチを押し、口を開いた。
 「 『・・・残念ですが再会の喜びを語り合う時間はありません。』 」
 アーシェの声で、彼女の台詞を真似ると、変声機を置き、近づいてきた。


 「久しぶりに会ったのに、つれない言い方だったな。」
 「それは・・・。私は女王として、ここまで来たのであって、それ以外のことは言う必要もなかったし・・・。」
 うつむきながら答えるアーシェを見て、バルフレアは笑っていた。
 「気にしちゃいない。アーシェがああいう台詞を言う時には、大概、思いつめているときだ。」
 「そうですか?」
 「ああ。でも、そこがあんたのいいところだ。」
 バルフレアにそう言われると、少し気が楽になった気がした。



 ***



 アーシェは、思い出したように辺りを見渡した。
 「ところで、ここ誰もいないのに、大丈夫ですか?操縦は、どうするの?」
 「今は、高度が高いところなんで、自動操縦の状態にしている。他に飛空艇なんていないしな。動きがなく、少し休みたいときは、自動にするのさ。さすがに、俺も四六時中操縦し続けるのは、身体にきつい。こういう機能があると便利でね。」


 有能な操縦士であるだけではなく、類まれなる機工士でもあるバルフレアは、実践場面で役にたつ改造のみを施している。
 シュトラールが、生きた飛空艇である所以だ。


 「でも、アーシェ、何も知らない素人に動かされたら、さすがのシュトラールも墜落だ。」


 ビュエルバで勝手に飛空艇を動かそうとした時のことだろうか・・・?
 アーシェは、自分の無謀さを思い出していた。


 「あの時は、ごめんなさい・・・。」

 「やけに殊勝じゃないか。いつも、それだけ素直ならこっちも楽なんだがな。」


 バルフレアが何気なく言った台詞に、アーシェの胸は刺されたような痛さを感じた。



 ***


 「あの・・・。」
 「ん?」
 「指輪、どうもありがとう。」


 ヴァンたちに預けられたラスラの結婚指輪のことだった。


 「いや――。そのうち返すと言っただろう?」
 「なぜ、返したの?代わりの報酬なんて何もあげてないじゃない。」


 アーシェは、バルフレアを見つめた。

 二人の間に沈黙が流れる。
 静寂を破ったのは、バルフレアであった。



 「俺は、破魔石の謎を解きたくなった。そして、謎が無事解けた。それが、旅の報酬だ。」


 え?


 「それだけ?」


 本当に、それだけなの?


 「ああ。」


 彼のそっけない言い方に、一瞬、胸の中に、ひびが入ったような気がした。


 自分は自惚れてた?
 この人と、どこかで気持ちがつながっていると・・・。
 そう思い込んでいただけだったの?


 呼吸がうまくできない。
 頭が痛い。
 何だろう、この嫌な感じ・・・。


 アーシェは、バルフレアに背を向けると、操縦席の隣に立ち、意を決したように口を開いた。
 
 「一年前の私は、名ばかりの王女だった。王家の者としてのプライドばかりが高くて、そのくせ何にもできなくて・・・。でも、皆と旅をして、世の中のことや他人の気持ち、色々なことを学び、感じることができた。そして、皆がいてくれたからこそ、バハムートまで乗り込めたんだと思う。だけど・・・。」

 一呼吸おいて、アーシェは口を開いた。


 「だけど、何よりもあなたの存在が私を支えてくれた。」


 「・・・。」


 「この一年間、あなたに言われた言葉や想い出を支えに、私なりに頑張ってきた。あなたが守ってくれたものを、私なりに守りたかった。そうすることで、あなたの想いに応えられるのかもしれない、って・・・。」


 アーシェは、目頭が熱くなってくるのを感じた。


 「――でも、私が、勝手に思い込みをしていたのかもしれないわね・・・。」

 アーシェの声は、徐々に擦れ、最後は消え入る程度にしか聞こえなかった。



 「アーシェ、俺は――。」
 バルフレアが口を開きかけると、アーシェは、つい、とバルフレアに近づき、右手で彼の頬をなでた。

 ヘーゼルグリーンの瞳を覗き込む。


 「――さよなら。・・・ずっと愛してた。」


 そう言って、バルフレアの唇に軽く口を触れた。


 ほんの一瞬なのに、時間が止まったようであった。


 ***


 アーシェは、唇を離すと、そのまま操縦室を出て行った。


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