バルフレアがラウンジにいると、アーシェが一人デッキに向かう姿が目に入った。
どうも浮かない表情をしている。
翼のジャッジの話を聞いて、大方‘昔の自分’のことでも考えているに違いない。
(ったく、しょうがねえなあ。)
軽く顔をしかめ、立ち上がると、ラウンジを出てデッキに向かった。
フランは、その姿を目にしながら、興味深げに笑っていた。
***
あちこちを回り、午後も遅くなってきた。
そろそろ、今日の停艇場所に向かおうと考えながら、ヴァンはラウンジを歩いていた。
「あれ、アーシェは?」
フランに問いかけると、少し訳有り気な表情でこちらを見た。
「少し、風にあたってくるそうよ。」
「ふーん。」
***
バルフレアが、デッキの入り口に着くと、アーシェは景色をぼんやりと眺めてるところであった。
しかし、その姿は浮かない様子というよりは、風の心地良さを楽しんでいるといった感である。
(心配することもなかったか・・・。)
ラウンジに戻っても良かったのだが、目が離せず、風に髪を泳がせているアーシェの姿を見つめていた。
軽く目を閉じ、深呼吸している様子を見て、ふと、からかいたい衝動にかられた。
「いいのか?女王様がこんな吹きっさらしの場所にいて。」
アーシェの肩が、一瞬びくっとする。
しかし、振り向きもせず、彼女は答えた。
「少し外の風にあたりたかっただけ。・・・すぐ戻ります。」
「そりゃ、結構。」
さぞかし、驚いたくせに。
相変わらず、意地っ張りなことで・・・。
バルフレアは、笑いを堪える。
「先日――。」
「ん?」
「先日、ロザリアの・・・アルシドの元を訪れました。」
アルシド・マルガラス――。
マルガラス家の諜報部を取り仕切る‘あの’貴公子か。
確か、バーフォンハイムでも、アーシェに声をかけていたな・・・。
「友好国への表敬訪問か。女王様はお忙しい・・・。」
「首都 琥珀の谷の夕日は美しかった。」
確かに、あそこの夕日は名勝として名高い・・・、が、一緒に行った相手が、アルシド・マルガラスであるのは、気に入らない。
ついつい、冷たい口調になってしまう。
「シュトラールで飛ぶ夕空よりもか?」
「・・・あの時はゆっくり景色を見る余裕がなかったから。」
うつむき加減になったアーシェを見て、自分が、大人気ないことをしていることに、バルフレアは気がついた。
(俺はこんなに感情的な人間だったか?)
一息いれ、気持ちを落ち着かせながら、いつもの口調で返事をした。
「いずれゆっくりご覧に入れたいもんだ。」
アーシェの動きが止まった。
少しの間をおき、少し擦れた声で彼女は答えた。
「・・・、あなたが本気でそう思っているのなら。」
そう言って、ゆっくりと振り向くと、彼女はバルフレアの目を真っ直ぐに見つめてきた。
無表情だが、強い意志が浮かぶその瞳から目が離せず、バルフレアは、一瞬、心臓が大きく波打ったのを感じた。
ほんの二、三秒であったはずだが、二人の間には長い時間が流れたようであった。
アーシェは、見つめた目を逸らすと、いつもの笑みを浮かべ、デッキを出て行った。
***
(本気でそう思っているのなら・・・、か。)
他人に踏み込むのも、踏み込まれるのも嫌で、ついつい軽口で距離をとってしまう自分の癖。
女王様にはどういうわけだか、世話をやいたり、胸のうちを話してみたり、自分にしては近づきすぎた気がしていた。
それにしても、一年も離れていたのに、一瞬で距離を縮められてしまった。
(まったく・・・。俺はつくづく、やっかいなものに惹かれる性分らしい・・・。)
バルフレアは肩を竦めると、下がりつつある太陽に目を向けた。
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