Vacations in The Phon Coast
第2話 |
「南に向かうか。」 二人で波打ち際を歩いていく。 アーシェは水着の上に長めのカフタンを羽織っている。波に出たり入ったりと一時もじっとしていない。 その度に、裾が揺れ、まるで踊りながら歩いているような様子である。
あんまり楽しそうなので、尋ねてみると、アーシェは顔をほころばせて答えた。 「ええ!だって、『海』なのよ?」
答えになっていないような気もするが? そういや、ヴァンたちも、初めてフォーン海岸に来たときには、「うみだー!」とか言って走り出していたな。 ――あ、そうか。 ダルマスカ地方は、川はあっても、海沿いにこれといった街はなかったはずだ。 だから、珍しくて仕方がないのか。
女王陛下が喜ぶものも、一般市民のヴァンたちが喜ぶものも、結局は同じものなのだと思うと、何となく可笑しくなった。
「いや、女王様は可愛いな、と思っただけさ。」 バルフレアがからかうような口調で言うと、アーシェは一瞬口をつぐんだ。 でも、すぐに、くるりと背中を向けると、さっさと先に行ってしまった。
(おっ、照れてる、照れてる・・・。)
笑いを噛み堪えながら、彼女の後ろを歩いていった。
***
海岸沿いには、あちこちに木製のデッキチェアが設置されていた。 三〜四台位固まっていたかと思うと、そこから数十メートル離れたところにまた置かれている。 各々のグループのプライベートに配慮した配置であることがうかがわれた。 いずれにしても、今日は自分たちしかいないのだが・・・。
一番南側にあるデッキチェアに着くと、チェアに作りつけになっている大きな日傘を広げる。 アーシェはカフタンを脱ぎ、日焼け止めの乳液を塗っていた。
以前、旅の途中で見た時も、ホルターネックタイプのセパレートの水着であったが、今日は少しつくりがシンプルである。 覆うところはちゃんと覆い、後は紐で結んであるだけのパール・ホワイトの水着。 紫外線予防のための薄い橙色のサングラスを少し下げて彼女を見ると、肌の色と水着がグラデーションのようになっていて、いやがうえにも想像力を掻き立てる。 赤も悪くないが、こっちの方が俄然、艶っぽい。
「貸してみな。」 小瓶を預かると、乳液を、彼女の手が届かなさそうな背中に塗布する。 「後はいいのか?」 「ええ。大丈夫。ありがとう。」
いや、俺はそんなつもりで聞いたわけじゃない。 『ここも塗って・・・』くらいのことを言ってくれないかと期待してたんだが・・・。
そんな俺の気持ちを余所に、彼女は立ちあがると水泳用眼鏡を身につけて、J字型の呼吸管を手にとった。
「どこへ行くんだ?」 「潜ってくるわね!」 「あ、そう・・・。」
彼女は、袋からパン(魚の餌にするらしい)を取り出すと、呼吸管を銜え、海に向かっていってしまった。 リゾートに来たはずなんだが、何となく『ただの海水浴』に来ているような気分になってきた。 仕方がないので、デッキチェアに横になり、読みかけの本を広げる。
***
しばらく本を読み進めていると、アーシェが戻ってきた。
「バルフレア!綺麗な魚がいっぱいいたのよ!」 「そりゃあ、よかった。」 「喉が渇いた〜。」
水中用眼鏡を外すと、水を髪先から滴らせながら、彼女が近づいてきた。 サイドテーブルに載せておいたボトルから水を勢いよく飲んでいる。 下から見上げると、ちょうど、太陽と彼女のシルエットが重なる。 肢体のラインに沿って、光冠ができているかのようだ。
「どうしたの?」 ボトルをおくと、アーシェがこちらを見つめた。 「いや、いいもの見たな、と思っただけ。」 「ふぅん。」 アーシェは、浴布で水滴を拭うと、隣の椅子に寝転んだ。
「どうした、もう行かないのか?」 「うん、何だか眠くなってきちゃった。」 そういって、彼女は目を閉じると、すぅっと息を吸い、眠りについた。
(遊んだり、飲んだり、寝たり・・・。まるで子供だな。)
明るい日差しの中で、無防備な様子で仰向けに寝ているアーシェをしみじみと見つめた。 濡れた水着が張り付いていて、無駄なく締まった体のラインが綺麗に浮かび上がっている。 寝ている表情がまた可愛いのだが、口が少し開いていて、柔らかそうな(いや、実際柔らかいのだが)唇が誘いかけているようにも見える。
「ん・・・。」
彼女が寝返りを打って、背中を向ける。 横になったために、腰の括れが更に際立つ。 バルフレアはデッキチェアから起き上がると、眠るアーシェの横に立った。
***
「・・・うん?」
何やら、ぞくぞくするような感覚に呼び起こされ、アーシェは目を開けた。
「ちょ、待って!なに?」
アーシェが目を開けると、目の前にはバルフレアが覆いかぶさっていた。
「お目覚めかい?女王様。」 「あ、あなた、今、自分が何をしてるか、わかってるの!?」 「十分、わかってるつもりだが?ちゃんと‘姫’を‘王子のキス’で起こしただろう?」 そう言うと、再び彼女の首筋に舌を這わせる。 彼の左手は、とっくに胸当ての下に滑り込んでいた。
「もう!まだ昼間じゃない!」 「明るい日差しの中で・・・、ってのもオツだろう?」 「誰か見てるかもしれないわよ!」 「大丈夫だって――。何のために、こんな南端まで来たと思ってる?ましてや、プライベート・ビーチだ。誰も近寄れない場所だぜ?」 「恥ずかしいってば!」 「じゃあ、目を閉じればいい。」
「コドモの時間はもう終わり・・・。オトナの時間といこうぜ。」
甘美な痺れが身体を貫き、アーシェは思わず目を閉じた。
***
「うぉーい!バルフレア、そこにいるんだろ〜!!」
バルフレアとアーシェは同時に大きく目を見開いた。
「バールーフーレーアーー!!おーぃ、ってばー!」
アーシェは慌てて体を起こすとカフタンを手にとり、真っ赤な顔で身体を隠した。 声は、日傘の上の方から聞こえてくる。 バルフレアが日傘から顔を出し、頭上を見ると、崖の上から、ヴァンが大きく手を振っていた。
(何であんなところに?それに、どうやって入ったんだ?)
何が起きたのか、バルフレアがいまいち状況が把握できずにいると、ヴァンの後ろに見慣れた長い耳が二組見えた。
(あいつら〜!)
ヴィエラ族にとっては、ヒュムが作った‘並’の結界等、抜けることは容易いことだ。 単なるロープで「KEEP OUT」と表示しているのと同じに過ぎない。 ヴァドゥ海岸沿いに、あそこに抜けて来たのだろう。 それにしても、何なんだ、いったい?
「じゃあ、バルフレアー。俺たち先に行ってるから〜。早く来いよな〜。」
いや、先に来ているのは、俺たちなんだが・・・。 っていうか、あいつら、ここに泊まる気か?
ヴァンたちは既に姿を消していた。 むしろ、ずっと消えていてほしい・・・。
「と、とにかく、一度別荘に戻りましょうよ。」 アーシェは、既にカフタンを身につけてしまっていて、戻る準備をしている。
(おいおい、勘弁してくれ〜。)
|