Vacations in The Phon Coast
第1話 |
「嬉しい!わあ、すごく楽しみ。」
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王族の仕事というのは、思いのほか忙しい。
俺は、基本的に好きなように時間を使っているが、アーシェは政務時間中に自分の時間というものが全くないし、仕事を選べるわけでもない。彼女は、軍備・公共事業・行政管理・司法等について部下が提出してきた草案や報告書に目をとおし、問題点を整理・確認し、最終決定を下していく。 俺が言うのも何だが、アーシェは、行政管理や司法はあまり得意ではない。彼女は、根が優しいせいか、他人の悪意を見抜くのは苦手だ。しかし、司法や行政管理においては、一つの取り決めが次の三手につながっていることもしばしばだ。一手を見逃すと、次にはもう手が打てなくなることもある。 アルケイディアとは異なり、ダルマスカの行政システムはとてもシンプルだ。それに、ダルマスカ人は揃いも揃って‘人がいい’。だから、アーシェの部下が不正をすることは、まずない。 しかし、部下ではない人間となれば別だ・・・。 特に、交易関連は、ロザリアやアルケイディアの手練を相手にしなければならない。下手な契約が発端で、外交問題や司法問題につながる可能性は少なくない。 彼女も、ファルツ公もそのことはわかっている。 そのために、交易量が増加する時期になると、神経を張り詰めて仕事をしなければならず、疲れも溜まるのだ。
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アーシェは、自室の長椅子に身を投げ出して、大きく伸びをした。
「あー、今日も疲れた〜。」 「しばらく続きそうなのか?」 ブランデーを少し入れたコーヒーを彼女に渡しながら、バルフレアは尋ねた。 「そうね。収穫も終わって、今が丁度取引の季節だから、あと2週間くらいかな?」 「結構、きついな。」 「たまには、息抜きしたいかも・・・。」
アーシェが、政務に疲れを感じて愚痴を言うことは滅多にない。 それだけ、きつい状態なのだろう。
「じゃあ、出かけてみるか?」 「本当?」
仕事が一段落したら、三日程度の短いオフをとり、フォーン海岸に行くことにした。
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アルケイディア地方とナブラディア地方を隔てるフォーン海峡の沿岸部にあるのが‘フォーン海岸’だ。 かつては、ダルマスカ王国とアルケイディア帝国の海運輸送の中継地として栄えていたが、空運の発達と共に港は廃れ、戦乱時には国境付近ということもあり、ハンターや冒険者以外は寄り付かない場所であった。 しかし、大戦後のダルマスカとアルケイディアの関係が良好になったことから、この地の温暖さに再び脚光が集まり、隠れ家的リゾートとして人気が出てきているのである。 元々、海岸の美しさには定評があった。白い砂浜に、青い海と明るい日差し――。ナルドア海沿いの強風がフォーン海峡を隔てて来るので、波も穏やかで、一年中ビーチ・アクティビティが楽しめるとあり、最近では、富裕層の別荘も増えてきている。 庶民の多くは、ウアフカ岬かハンターズ・キャンプ辺りに宿泊し、マウレア海岸やリシタ海岸に足を伸ばす。別荘地は、カイマの丘にちらほらできており、そこからヴァドゥ海岸に行くので、海岸毎に利用層が分かれる傾向にある。
今回、俺たちが出かけるのは、そのどこでもない。
庶民立入禁止の隠れ家――、
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「こんなところがあったのね。知らなかったわ。」 「いや、俺も知らなかった。」 バルフレアとアーシェは、ヴァドゥ海岸を通り過ぎ、広いビーチを左手に見ながら、小型船で移動していた。
(ソリドール家なら、別荘の一つや二つ持っているだろうとは思ったが、まさかこれだけの広さのビーチを私有地としているとは・・・。)
政民や富裕層の別荘地が多いリマタラの丘やカイマの丘、ヴァドゥ海岸は、プライベートで雇われた兵士や剣士が多く、見回り等もされていて、治安が良い一帯だ。かといって、ソリドール家の敷地に入ろうとする輩がいないとは限らない。そのため、見た目にはわからないが、ビーチの周りには、密かに結界が張られている。また、安全管理のために、移動は空路で直接来るか、ハンターズ・キャンプから、専用の小型船で海路を移動するかの二つしか方法がないようにしてあるのだ。
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最初は、シュトラールで行こうかとも思ったが、ファルツ公らに見つかると、またうるさいことになるので、今回は、飛空艇定期便を使って、ラバナスタからアルケイディスへ移動し、アルケイディスからは揚陸艇でハンターズ・キャンプまで送ってもらうことにした。 面倒くさいとは思ったが、実際のところ、他人の飛空艇(フネ)で移動するのも悪くはなかった。 定期便のデッキで、二人で酒を飲みながら眺めを楽しんだり、飽きたら特別室でゆっくり過ごせばよかったので、思いのほか、移動時間を楽しむことができた。 揚陸艇は、遅いとはいえ、アルケイディスとフォーン海岸はさほど離れていないこともあり、数十分で着く。ハンターズ・キャンプには既に小型船が用意されていた。 「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」 船員の案内に従って、俺たちは船に乗り込み、今に至るわけだ。
「お、見えてきたな?」
前方に、建物が見えてきた。 白い砂浜に合わせているのか、白い石造りの建物である。近づくにつれ、その大きさがよくわかる。 船着場に到着すると、執事らしい男性と数名の使用人が出迎えてくれた。
「ようこそ、ブナンザ公。皇帝陛下よりお話はうかがっております。ごゆるりとおくつろぎ下さいませ。」 アーシェが行くとは伝えているはずだが、そんな様子を億尾にも出さない。
案内されて、建物に入る。 石造りのためか、内部はひんやりとしている。
ゲストルームに案内されながら、バルフレアは使用人に尋ねた。 「ベッドルームが十五程ございます。別荘(こちら)には、多くの方がお見えになることもしばしばですので、レストルームやバスルームも同じ数だけご用意しております。食堂も大食堂の他に三ヵ所ございますが、本日は、大食堂でお召しあがりになられると思い、準備をしているところです・・・。」 「ああ、色々、ありがとう。」
部屋に入ると、すぐにリビングになっていて、片一面は全てガラス張りになっており、海がよく見える。テラスが広いのが特徴的で、リビングの半分程度の広さはあろうか。木製のテーブルと椅子がおかれていて、波音を聞きながらゆっくり過ごせるような工夫がなされている。リビングを奥に進むと、主寝室とウォーク・イン・クロゼットがあり、長期滞在でも、対応できるようになっている。 「それでは、何かございましたら、お呼びくださいませ。」 使用人は、ゲストルームに荷物を運び入れ、部屋の仕組みを簡単に説明すると早々に出て行った。
バルフレアは、中央のソファに座ると伸びをした。 「せっかく、海に来たんだもの。砂浜に行きましょうよ。」 そう言うと、アーシェは主寝室に着替えに行ってしまった。
ガラスの扉を開け、テラスに出ると、強い日差しが目に差し込んでくる。
――久しぶりに休日らしい休日を楽しめそうだ――。
日差しの熱と、潮の香りが、開放的な気分にさせてくれるのを感じていた。
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