My Sweet Highness

  第5話(最終話)
 


 空中要塞バハムートがラバナスタの目前に現れたあの日――。

 ラバナスタの市内中がパニック状態になっていた。
 

 ★★★
 

 「ファルツ様!市民が大勢王宮に押しかけています!!」


 「王宮はダメだ!真っ先に狙われる!政務官は、全員市民の誘導にあたれ。ダウンタウンの者は水路からバルハイム地下道を目指すのだ。地上は東門を封鎖せよ!なるべく南門からギーザの集落まで逃がすんだ!それ以外の者は、西門か北門から分かれて、ナルビナ城塞へ向かわせろ!」

 「しかし、地下にはモンスターが!!」

 「地上で死ぬのを待つというのか?兵士を同行させろ!」


 指示を受ける政務官も、緊張状態がピークに達していて、判断力が伴わない。

 向こうからの攻撃の前に、パニックで死者が発生しそうな勢いだ。



 
「通信機で解放軍の状況を傍受できるようになったわ!」

 ナーエが執務室に飛び込んできた。

 一緒に、通信室に向かう。



 ***

 

 酷い雑音が混じっていて、なかなか聞き取ることができない。

 苛立ちを感じていると、表から叫び声が聞こえてきた。


 慌てて、窓によって空を見上げると、解放軍の飛空艇があまたの塵となって散っていくところであった。
 「何があった!!」

 窓際にいた政務官に詰め寄るが、顔色は真っ青で、ただ指で空を指し示していた。

 「・・・あ・・・あっという間に・・・・。さっきまであった船が・・・・。」

 空を見上げる。

 通信機からは途切れ途切れの音声しか聞こえない。


 ――だい2せい・・・・いそ・・・――


 その瞬間であった。

 バハムートから、灼熱の陽光のようなものが発射された。

 一瞬、空全体が一閃したかと思うと、西方の巨大空母が見る影もなく崩れ落ちていく・・・。


 (これは、悪魔の所業か?)

 

 あまりのことに思考が止まる。

 もう、周りの声も何を言っているのかわからない。

 ファルツが呆然としている中、通信機に音声が入ってきた。


 ――おじさま!私です!バハムートに乗り移ってヴェインを止めます!――

 ――何をおっしゃる!無謀すぎます!殿下の役目は戦後にこそある!――


 「アーシェ殿下!?」

 ファルツとナーエは通信機に駆け寄った。


 ご無事で!

 本当にご無事だったんですね!


 思わず涙ぐんでいた。

 「殿下は必ずお戻りになられる!市民を一刻も早く安全な場所へ!」


 通信室はにわかに活気づいていた。


 ***

 

 バハムートと解放軍の戦闘は続いていたが、市民のパニックは若干弱まり、着々と避難が進んでいた。
 しかし、未だに予断は許されない。

 解放軍の戦闘に祈りを込めながら、吉報を待っていた。


 
「あれを!!」

 ナーエが叫ぶ。


 慌てて窓際に行くと、バハムートの幾重にもあるグロセアリングが停止していく。

 停止したかと思うと、その巨大な影はラバナスタの上空に堕ちてきた。

 魔法障壁が歪み、何とか落下を防いでいるが、とても防ぎきれるようには見えない・・・。

 まだ市内に残っている市民も、王宮にいる政務官達も、悲鳴をあげていた。


 私は声が出なかった。

 いや、恐怖で出すことすらできなかった。


 (私は、ここで死ぬのか?)


 これまでの想い出が蘇ってきた。

 生まれ故郷のこと、皇帝と初めて出会った時のこと、王宮での日々・・・。

 恐怖が消えた。

 そうだ、私は死ぬのだ。

 後ろで、ナーエが早く逃げろと叫んでいる。しかし、どうでもいい。

 私は、王宮と共にこの身が果てることを覚悟した。



 その時であった。


 ――はいはい。命を粗末にするのは流行らないよ。――

 ――バルフレア!?バルフレア、一体どこにいるんだ!?――


 通信室から聞こえてくる声に、再び通信機に向かった。

 ナーエもたたずみ、会話を聞いている。


 ――うわっ!――

 ――あなた一体何をしているかわかっているの?――

 ――王女様。心配ご無用だ、俺を誰だと思ってる?この物語の主人公だぜ?――


 何者だ?
 今、アーシェ様と話をしている男は?


 「グロセアリングが動き出しました!バハムートが空へ浮かんでいきます!!」

 政務官が叫び声をあげている。


 ――お願い、バルフレア。早くバハムートを脱出して。お願いだから。
    あなたが死んだら・・・。あなたが死んだら、私は・・・。――

 ――ヴァン・・・・・ラールを・・・だからな。・・・・承知しな・・・・――


 通信が聞こえづらくなっていく。

 その瞬間・・・。


 ――バルフレアー!!――


 殿下の声であった。

 こんなに悲痛な声を聞いたことはなかった。

 通信は途絶え、全く音声が入らなくなった。

 窓際に詰め寄る。


 バハムートは、西の空に進んでいったが、すぐに火煙に包まれ、墜落していった。


 ***


 
その後、殿下が戻られた後、バルフレアは亡くなったとおっしゃられた。

 もう、二度と歴史に現れない英雄だと、私は思っていた・・・。


 ★★★


 ヴァンは、急に動かなくなったファルツを覗き込んでいた。


 「おーい、バルフレアー。この人、何か泣いてるよ?」

 「まったく、何だってんだ?怒ってるかと思えば、大の男が・・・。おい、泣くなよー?」

 「泣かせるのは女だけじゃないんだ?」

 「生意気言うな!――おい、おっさん。今度は何だ?」
 突然のことに、バルフレアは、ファルツの肩に手をかけた。
 

 ファルツは涙を浮かべながら、バルフレアに抱きついてきた。

 「バルフレアー!すまなかった〜。」

 「うわあぁー!!おい!勘弁してくれ!俺にそんな趣味はない!!」

 腹を抱えて笑うヴァンを横目に、バルフレアは必死でファルツを体から引き離していた。


 「今度はいったい何なんだ?あんたは!」

 「君は、私の・・・・、いやラバナスタの恩人だ!君を疑ってすまなかった!」

 「???」

 今度は、バルフレアの方が狐につままれたような顔をしていた。


 「どうして、陛下が君をこんなに信頼して傍におくのか、よーく、わかった。」

 一人頷くファルツを見ながら、バルフレアは首を傾げながらも、二度と尾行されないだろう・・・と、多少、安堵していた。

 「何だかよくわからないが、まあ誤解は解けたようだな。ま、これからもよろしく頼むよ。」

 そういって、バルフレアはファルツの肩を軽く叩いた。


 「ああ、これからも殿下の忠実なる家臣として、共に頑張ろうではないか。」


 「そ・・、あぁ?あんた、今何つった?」

 「いや、『頑張ろう』と・・・。」

 「そうじゃない!!その前だ!忠実なる――なんだって?」

 バルフレアは、こめかみが軽くひきつるのを感じながら、ファルツに聞いた。


 「ああ、忠実なる家臣、と言ったのだよ。君は、あれだろう?ローゼンバーグ将軍の代理として、ダルマスカに来たのだろう?」

 「はぁ?」

 ファルツは(わかっている)とでも言いたげな表情で、腕を組んで頷きながら言った。


 「さすがは、ラバナスタの救世主だ。生き延びて、なお陛下のために尽くされる・・・。君が、ローゼンバーグ将軍と共に、密命を受けてダルマスカに来たのは、このためだったんだな。」


 (さすがは、アーシェの部下だ。思い込みの深さは、ダルマスカのお家芸なのか?)

 バルフレアは、最早反論する気にもなれずにいた。


 「君は、若干、陛下に親しみの情を表現しすぎるところはあるが、まだ若造だからな。多少の無礼は、私も多めに見ておくとしよう。」

 バルフレアは、危うく、椅子でも投げつけたい気分になったが、隣で笑い続けるヴァンの声を聞いて、何とか理性を保っていた。


 「じゃあ、私は用事も済んだことだし、お先に失礼するよ。では。」

 ははは、と笑いながらファルツはさっさと階段を下りていった。



 ***



 砂海亭の二階には、呆然としているバルフレアと、何が起きたのか状況が掴めていないヴァンだけが残されていた。
 

 「よくわかんないけど、王宮って面白そうだな。」

 「面白すぎて、俺は頭痛でも起こしそうだ。」
 バルフレアは、額に手を当てると、溜息をついた。


 「ところで、ソレって何だ?」

 ヴァンは、バルフレアに渡した茶色の紙包みを指差した。

 「ああ・・・。まあ、お前みたいなガキには、縁がないものさ。」

 「ちぇー。パンネロと同じこと言いやがって。」

 パンネロがヴァンに言っている姿を脳裏に浮かべながら、バルフレアは笑った。


 「じゃあ、俺も帰るか、女王陛下‘様’のところにな。」

 じゃあな、とヴァンの頭を軽く叩くと、バルフレアは階段を下りて店を出た。

 外はすっかり暗くなっていた。



 ***



 「約束どおり<参りました>よ。女王陛下――。」

 ドアをノックし、バルフレアはアーシェの部屋に入っていった。


 「どうしたの、そんな言い方して?」

 「いや、何でもない。言ってみたくなっただけさ。」

 変なの、と笑いながらアーシェは、チョーカーを外しドレッサーに置いた。


 「アーシェ、ここに・・・。」

 バルフレアは、窓際にアームチェアを置くと、アーシェを手招いた。

 「今度は、なあに?」

 アーシェが座ると、バルフレアは紙袋から瓶を取り出し、中の液体を自分の手に注いだ。


 「あ!すごくいい香りがする?」

 「フレグランス・オイル――。ガルバナの香りさ。」

 そう言うと、両手にオイルを満遍なく広げ、アーシェの肩をなでた。

 「ありがとう、すごく嬉しい。」

 目を閉じて、心地良さそうにしているアーシェの肩と首をゆっくりとほぐしていく。

 「昼間、首を触ったら、ひどくこってたからな。あんまり気を張りすぎるなよ。」

 「うん・・・。」


 しばらくすると、大分肩も首も柔らかくなってきた。

 そろそろいいか、とバルフレアが思っていると、アーシェが肩越しに彼の左手に自分の手を重ねてきた。

 「・・・どうして、こんなに優しいの?」

 「『どうして』って、俺はいつでも優しいつもりだが?」

 バルフレアが苦笑すると、左手を掴むアーシェの右手に力が入った。


 「ねぇ、行ってしまうの?」

 アーシェは、微かに肩を震わせている。


 (そうか、心配してたのか――。)
 

 「大丈夫だって・・・。」

 バルフレアは、背後から彼女の肩を抱いた。

 ガルバナの香りとアーシェの髪の匂いが、鼻腔をくすぐる。

 「あなたがいなくなったら、私――。私は・・・。」

 弱々しい声で、アーシェは呟いた。


 ――No need to worry, my sweet Highness.――
    (
心配するな、俺の愛しい陛下)

 ――I’ll be there with you.――
    (
俺は、いつでもお前の傍にいるよ)


 バルフレアは、答える代わりに、アーシェの肩をきつく抱き締めた。


 ガルバナの甘い香りが二人を包んでいた。








 
=END=




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