Give Me the Good Old Days

 
 


 バルフレアが王宮内の廊下を歩いていると、どこからか伴奏曲を奏でるピアノの音が聞こえてきた。
 どことなく寂しげな音律を頼って行くと、一人でピアノを弾いているアーシェの姿を見つけた。


 ***


 
「独奏(ソロ)では何か弾かないのか?」


 
戸口から声をかけると、アーシェは驚いたようにこちらを振り向くが、すぐに笑みを浮かべた。
 
「私、ソロはあまり弾けないのよ・・・。」
 そ
ういうと、彼女は、鍵盤の鍵(キー)を右手でいくつか叩き、窓辺に立った。

 
 「先日、貴方のバイオリンを聞いて、ふとピアノを弾きたくなったの。」
 「何か、想い出のある曲でもあるのか?」
 
「ええ。随分、昔のことだけど――。小さい頃、『何か楽器を覚えなさい』と言われて、ピアノを弾くように言われたの。私は、ピアノの前にいるより、ナーエと剣で遊んだ方が楽しいからって、よく練習をさぼっていたわ。」


 大きなリボンを髪に飾った少女が、模造剣を持ち、庭を走り回る様子を思い浮かべると、
バルフレアは思わず苦笑した。


 
「それに、兄様たちが弾く楽器も、バイオリンやビオラなどの弦楽器ばかりだったから、『私もそれがいい』って、いつも言っていたの。でも、父様が、女の子にはピアノを弾かせたかったらしく、私に選択権はなかったわ。それが、とても嫌だったの。」


 
――‘初めての王女’だけに、色々期待もされていたんだろうな・・・。


 
「ある日、相変わらず練習をさぼって、チョコボ小屋に逃げ込んでいた私を兄様が見つけたの。その時、言われたわ。『僕たちの伴奏をしてくれないか』って。『伴奏って何?』と聞いた私に、兄様は言ったの。『アーシェのピアノがないと、綺麗に聞こえない曲があるんだよ』って。兄様たちのバイオリンがとっても好きだったから、驚いたの。『私のピアノがあると、もっと綺麗になるの?』って。兄様は頷いてくれた・・・。それからは、ちゃんと稽古もするようになったわ。基本と伴奏曲ばかりだけどね。」


 「
それで、何か弾くようになったのか?」

 
遠い目をすると、アーシェは微笑みつつ頷いた。
 
「ええ。『アーシェ、一緒に弾いてみるか?』って声をかけられるのが、すごく好きだった。三重奏だったり、四重奏だったりと、弾き方は色々だったけど、兄様達は、いつでも私に声をかけてくれた。私のピアノなんて、あまり上手ではなかったのに、兄様と弾くと、とてもうまくなったような気になれたの。すごく嬉しかった・・・。」
 「
・・・。」
 
「兄様達が亡くなってからは、私もピアノを弾かなくなったの。でも、調律だけはきちんとされていたのね。さっき、弾いてみて、驚いていたところ・・・。」


 
弾き手のないピアノには、埃も溜まっておらず、ずっと鍵が叩かれる日を待っていたようである。


 
「何か、楽譜は残っているのか?」
 
「え?」
 
「相手が俺では不足だろうが、久しぶりに弾いてみるか?」
 アーシェは、少し驚いた様子をしたが、すぐ嬉しそうに楽譜を取りに部屋を出ていった。



 ***


 バルフレアは、自分が弾くためのバイオリンを探し始めた。


 楽器棚に幾つかバイオリンが飾られている。
 
さすがに、ダルマスカ王家だ。
 
名器が揃っている。
 
触るこちらの方が、申し訳ない気持ちになりそうだ。
 
手にとって、あごを当てる。
 
弦に弓毛を当てて、ゆっくりと弾いてみる・・・。
 
バイオリンも、きちんと手入れがされていて、ふくよかな音が部屋に響き渡った。



 
その音色に感心していると、アーシェが、古い楽譜を持ってきた。
 
「これは?」
 
「兄様達と、初めて弾いた曲なの。父様もよく褒めてくれたから、よく弾いていたの。これなら、今でも、すぐできると思って・・・。」
 
 
楽譜を見ると、ピアノは初心者向きかもしれないが、バイオリンのパートは‘そこそこ’練習したほうがいいような気がする・・・。
 
‘兄様’も、色々気を使っていたのだろうか。
 
しかし、アーシェの瞳は期待に満ちていて、「やはり今度に・・・」とは言いにくい。
 何とか、すぐ弾いた方がよさそうだ。
 
幾つか難しそうなところだけ軽く引いてみて、感覚を確かめる。
 
まあ、何とか弾けるだろう――。


 
「じゃあ、俺は楽譜を見ながら弾くから、お前は自分のペースで弾けばいい。」
 
「ええ。」
 
嬉々とした顔で、アーシェは鍵盤の前に座った。

 
ゆっくりとピアノによる前奏が始まる。
 
ピアノの音が少し大きくなり始めたところで、バイオリンを弾き始めた。
 
主旋律を弾く俺の音に合わせて、アーシェは、上手にピアノの音を重ねていく。
 
 確かに、彼女のピアノの音と絡み合うことで、本当に‘綺麗’になる曲だ。


 
***


 
「アーシェ様?」
 
 執務室で、文書の片付け等をしていたファルツは、外から流れてくる微かな調べを聞こうと、窓を開けた。


 
***


 
「この曲は・・・。」


 
窓の外から聞こえてくる旋律に気づくと、ナーエは階段を上っていた。


 
***


 
メロウなタイプの曲である。
 バ
イオリンとピアノのバランスが50/50なのも丁度いい。
 
名器の助けもあってか、俺自身も気持ちよく弦を弾くことができていた。

 
最後は、ピアノのフェルマータで終える。

 
満足した気持ちであごを外し、一息入れると、声をかけられた。


 
***


 
「演奏していたのは君だったのか!」


 戸
口に立っていたのは、ファルツ公である。

 「
なんだ、あんたか。何の用だい?」

 
よく見ると、ファルツの後ろにナーエまで立っている。
 二
人とも何やら今にも泣きそうな不思議な顔をしている。


 
何だって言うんだ?

 
 ***


 
「この曲は、アーシェ様がお生まれになった時に作られた曲なんだ・・・。」


 
目を潤ませ、少し口篭ったファルツに代わって、ナーエが口を開いた。 


 
「陛下がお生まれになった時、女児の誕生ということもあって、ラミナス陛下は殊の外、お喜びになられたわ。その時に、兄妹がずっと仲良く、幸福であることを願って、曲を作らせたの。皇太子様達は、それぞれ既に、楽器を覚えていらしたので、アーシェ様には、ピアノのパートを弾いて頂いてはどうか、と言われ、この曲が完成したの・・・。アーシェ様がピアノをあまりお好きではないようだったので、ラミナス陛下は密かにがっかりしておられたのだけど、ある日、この曲を弾くようになられたので、とても喜んでおみえだった。」


 ア
ーシェは、初めて聞いたらしく、驚いた様子であった。


 
「なので、ご家族が集まられた時や夕食後等、何かあると、よくこの曲を弾くように頼まれたでしょう?」
 
アーシェは頷く。
 「それは、陛下がこの曲に、『兄妹の幸福』への願いを込められていたからなのよ。私たちも、この調べが響いてくるのを楽しみにしていたの。殿下や妃殿下が、また奏でられてる・・・、って。」


 
――だから、『The Theme of  Love〜愛のテーマ〜』という名前なのか・・・。 
    
親というものは、勝手だけれども、子の幸せを願わずにはいられないものなのだろうな――。


 
ファルツが、やや感極まったような声で言った。
 
「この曲を、もう一度聞かせて頂けるなんて思いもよりませんでした。」

 
ナーエは微笑むと、窓を指した。
 「
陛下、窓の外をご覧になってみては?」


 
アーシェとバルフレアは、二人で窓の外を覗き込む。
 
すると、王宮のあちこちの窓や廊下から、皆がこちらの方を見遣っていた。


 
この曲は、王宮の者たちに郷愁の感を呼び起こしたらしい。
 
前帝が存命で、賑やかで幸せな王室一家がくつろぐ、ラバナスタの王宮。
 
ダルマスカの平和が永遠に続く、と誰もが信じていた日々・・・。
 
そんな懐かしさを皆が感じているのだろう。


 
「バルフレア。よろしければ、皆のためにも、もう一度弾いてもらえないだろうか?」

 
珍しく、ファルツがバルフレアに頼みごとをしていた。
 
アーシェの方を見ると、微笑んで頷いている。


 
バルフレアは、バイオリンにあごを当てると、アーシェに目配せをし、弓を弦に当てた。

 再びピアノの音が流れ始める。
 
心なしか、その音には温かみが増していた。

 
国中に愛される、小さな王女を脳裏に浮かべながら、バルフレアはもう一度弓をゆっくりと弾き始める。


 
二人の音色は、風にのって王宮に響き渡っていった。








=END=


 【BGM】
 album 『VIOLINISM with Love』 by 葉加瀬太郎 より
   THE THEME OF LOVE(愛のテーマ)



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